体外受精と顕微授精


体外受精と顕微授精。
「ふりかけ」と「針を刺す」。

何となくわかるけど、実際何が行われているのかよくわからない。
精子と卵子が自分達の体から離れている時間だし、ちょっとブラックボックス。
今回は、この点を解説してみたいと思います。
なるべくイメージがつきやすいように「擬態語」とか「擬音語」とか「イメージ」を乱用します。
正確な「医学用語」とはなっていませんが、お許し下さい。

体外受精(cIVF)の実際

「体外受精」は、何となくイメージしやすいと思います。

【卵子】
採卵したての卵子は、卵子単独でいるわけじゃないんですね。
「卵丘細胞」というのにくるまれて採れてきます。
イメージでいうと、「ゼリー寄せ」とか「煮こごり」みたいな感じ。
この「卵子のゼリー寄せ」(卵子-卵丘細胞複合体)を数時間おいておきます(前培養と言います)。
どのくらい前培養するのがいいのか?というと、これがまた、正確な答えが無い。
「3~6時間」
というのをよく聞きますが、大体この辺だと思います。
(教わった先輩たちからの「お作法」とか、「技術の伝承」とか、そんなのが結構ある世界です。)

【精子】
「フレッシュな精子の方がいい」
という都市伝説(?)に反して、そういう訳で精子と卵子がようやっと混ざり合うのは、採卵してから数時間後とかになるわけです。
その間精子は何をされているかというと、簡単に言うと「放置」と「選別」です。
出したての精液は、『ゼリー状に「プルプル」と固まっている』のですが、しばらく置いておくと『液体状に「サラサラ」と溶けてくる』のです。
これを「液化」と言います。
精液は、液化してようやく使えるようになるのです。
この後、精子の「選別」を行います。
この精子の選別も、いろんな「お作法」があります。
一般的には「濃度勾配遠心法」と「swim up法」で、僕が教わったやり方は、両方ともやっちゃう方法です。
(各々の方法の理論は省略します。まあ、生きのいい、成熟した精子を選び出しているとお考え頂ければよろしいかと。)

【媒精】
で、いよいよ、「ふりかけ」の登場です。
実際には「ふりかけ」ている訳ではなく、「卵子の入っている培養液内に、精子の溶けている液を『そーっと混ぜる』感じです。
で、培養器に入れておくということになります。
後は自然にお任せです。

顕微授精(ICSI)の実際

さて、顕微授精、「針を刺す」方法です。
細かく論じると、とんでもなく長くなってしまいますので、要点だけ行きます。

【卵子】
体外受精ではそのまま使用しますが、顕微授精では「むきます」。「剥く」。
採りたての卵子は「卵子のゼリー寄せ(卵子-卵丘細胞複合体)」という状態で存在するわけですが、このままでは勝負になりませんので、「ゼリーの部分」を「剥きます」。
前培養後、ヒアルロニダーゼという酵素が溶けた培養液につけて剥きます。
この過程を「裸化処理」と言います。卵子が「裸になる」わけです。

【精子】
生きのいい、成熟した精子を選別するのは体外受精と同じ。
で、写真でよく見る「針」(インジェクションピペットと言います)に精子を一匹吸います。
「金魚すくい」をイメージしてもらうといいかもしれません。
なるべく「生きのいい」精子を捕まえたい訳です。
でも、ちょっと考えるとおわかりの通り、「生きの悪い」方が、捕まえやすいわけです。
「ピチピチ」の精子を捕まえるのに上手く考え出されているのが「PVP(ポリビニルピロリドン)」というやつです。
これを加えると、培養液が「ドロドロ」になる。
そうすると、精子の動きがゆっくりになるわけですね。
で、「待ち伏せ」します。
で、お目当ての「イイ」精子が来た!
「針」で精子の首根っこを押さえこみ、「グリグリ」って「斯く」
そうすると、精子が動かなくなるんですね。
この過程を「精子の不動化と言います。
で、不動化した精子を「針」の中に吸い込みます。

【顕微授精】
後は、「刺して」「注入する」訳です。
イメージで言うと、「UFOキャッチャー」みたいに操作します。「ロボットアーム」みたいな感じです。
左手が、「ホールディングピペット」。卵子を「吸い込むように」固定します。
右手の「インジェクションピペット」で、「卵子」をくるくる回転させて、「いい位置(極体というのが、12時に来るように)」に固定します。
で、卵子の「上下」「前後」ドンピシャに「針」が来るようにセットして、「エイっ」と刺すわけです。
透明帯(殻の部分)を貫通させて、卵細胞に向かいます。
でも、卵細胞の「膜」が「ビローン」と伸びて、刺さりません。
で、ちょっと「吸う」わけです。
そうすると、「針」の中で、伸びて伸びて、最後に「プチッ」と膜が割けます。
これを確認して、卵子の中身(細胞質)と精子を卵子内に送り込む訳です。
送り込み過ぎると、培養液もいっぱい入っちゃいます。

「百聞は一見に如かず」
一回見ると、「ああ、そういうことか」という感じなのですが、文字で説明して、通じましたでしょうか?(通じないか。)

【「どくさま」流治療戦略】排卵誘発法の選択!

で、結局何が言いたいかというと、そういうわけで、「受精」「授精」なんです。
気づいていましたか?(僕は、研修医のころ、教授に怒られたことがあります。『俺は「教授」であって、「教受」じゃねーだろ。それと同じだ。』と)
体外は「受精」、顕微は「授精」なんですね。
まあ、同じ「じゅせい」と発音しますが、英語だと、fertilizationとinseminationで、違う訳です。
「手へん」が付きます。職人技です。「匠の世界」です。

で、「(体外)受精」では、卵子内に精子の「中身」しか入らないんですね。
一方「顕微授精」では、精子の「全体(外身)」も入っちゃう。精子の頭には「先体酵素」というのが入ってて、それも入っちゃう。おまけに培養液も(多かれ少なかれ)入っちゃう。ついでに前出のPVPも入っちゃう。
大分違うんですね。いろんなおまけが入っちゃう。
この「顕微授精」時についでに入っちゃういろんなおまけがどうなんだ?という訳で、いろいろ議論されてきました(し、されています)。
今のところ、
『"通常量"なら問題ないんじゃないの?、でも少ないに越したことはないよね。』
といった感じに落ち着いていると思います。

あと、よくある議論が「精子の選択」の話です。
体外受精では、受精能力を有した精子が(一応)自然に選択されて入る。
顕微授精では、(一応)人が選択した精子が入れられる。「受精能力」を有していたかは不明である。
というやつですね。
「やはり、体外の方が安心感がある。"我が子"になる精子を選ぶ奴は一体どこのどいつなんだ!」
という意見と、
「いやいや、結局自然で選ばれている精子だって単なる偶然。顕微授精で、エンブリオロジストの目にとまるのも単なる偶然。一緒一緒。」
という意見。
どちらももっともです。

まとめると、体外受精と顕微授精には、よく言われている"違い"は(実際に『安全性の問題』と関わりがあるかどうかは別にして)以下の4点になるかと思います。

ご存知の通り、顕微授精は、元々は「男性不妊」に対する治療として開発されたものです。
「男性不妊」で、体外受精では受精しないレベルだから、顕微授精をしなければいけない。
これはもう、選択の余地が無いわけです。顕微授精をするしかない。
ところが一方、「split(スプリット)」という方法がとられることがあります。
男性因子が無い場合でも、排卵誘発をして、採れた卵子のうち、半分を「体外受精」で、半分を「顕微授精」で受精させることを言います。
なぜ、わざわざそんなことをするかというと、「受精障害」があるかもしれないから、という訳です。
採れた卵子を全部体外受精に供した場合、万が一受精障害があった場合、全滅になってしまいます。
ところがsplitをしておけば、受精障害があった場合でも、顕微に回した半分は助かる(可能性がある)という訳です。
但し、受精障害があるのは少数派です。
多くの場合は、体外受精で普通に受精するわけです。
それらの方々には「無駄な」顕微授精になるわけです。
つまり、やらなくていい顕微授精をされてしまうということになるわけです。

ここに、また議論の分かれ目があります。
「全滅を回避するために、全例splitを行うべきだ。それが臨床家の務めである。」
とする意見と、
「いやいや、それだとやらなくていい患者さん(やるべきでない患者さん)たちにまでICSIを行うことになるじゃないか。ICSIの完全なる安全性が担保されているとは言い切れない現在、それは問題がある。ちゃんと受精障害を確認したうえで、改めてICSIとすべきである。」
という意見です。
確かに、どちらの意見もごもっとも。

Splitをしたものの、結局、どっちでもちゃんと、受精して、
「体外受精由来の胚を優先的に移植したい」
という人がいたり、一方、cIVF(体外受精のみ)でtryして、20個採卵できたのに、正常受精1個だけだったり。
などなど。非常に難しい問題です。

結局、どうするのがいいのかというと、病院の方が、「うちの方針はこうです!」ではなく、そういう状態をきちんと説明を受けて、患者さん御夫婦が希望を選択するというのが一番いいと思うのです。
(こういうのを「インフォームドコンセント」と言います。)
なるほど、十分話はわかりました。それでは、私たちは、
「ICSI全然気にならないので、是非ともsplitでお願いします。」
「全滅の可能性、承知しました。でも、全部体外受精でやってみたいのです。」
「半分ではなく、1/3だけ顕微でやりたいのですが。」
とか、そんな感じが理想じゃないかと僕は思うのです。 

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