PGS(1):今回移植したその卵、染色体が正常である確率はどのくらいなのか?


はじめに(お断り)

このページおよび付随ページは、PGS(着床前受精卵遺伝子スクリーニング)の内容について触れています。
僕のホームページ設立の目的(管理人の意図する所)は、あくまで、
「不妊で悩まれている方々の毎日の不安・苦しみに対し、微力であっても、ほんの少しでも何かの足しになれたなら嬉しい」
という、僕の勝手な思い込みから始めたものです。
なので、本ページは、純粋に、不妊で悩まれている方々のみを対象に海外で行われたPGSの結果のデーターを紹介させていただきたいだけです。
PGSの是非論を論じているわけではありませんし、論じるつもりも毛頭ありません。
またその議論に参加する意図も全くありません。

以上、くれぐれもよろしくお願いいたします。


PGS(着床前受精卵遺伝子スクリーニング)

現在の所、日本では(倫理的問題があるとされ)行われていませんが、海外では体外受精でできた胚を、移植する前に染色体検査を行い、正常であることを確認してから胚移植する(逆にいうと染色体異常胚を移植しない)、という方法が広く行われています。
これをPGS(着床前受精卵遺伝子スクリーニング;Preimplantation Genetic Screening)と言います。

検査の方法論なのですが、ちょっと前までは「FISH法」という方法で行われていたのですが、この検査法は感度が今一つだったのですね。
で、最近行われているのが「Array CGH」という方法です。
この方法の導入により、検査感度が格段に良くなり、現在欧米でArray CGH法を用いたPGSが盛んにおこなわれているようです。
(今ではこの方法も古くなりつつあり、次世代の方法も開発されつつあるという話を聞いたことがあります。)

そんな現状で、世界的には
「ARTの次の突破口はPGS-ETなのでは?」
と考えられていて、PGSはFISH法当時では有意差でなかったのですが、多分近未来、Array CGH法(なり、他の方法)で有意差出そうな状況だそうです。

世界的にはそんな状況なので、英文の論文を見ていると、PGSに関する論文が非常に目立ちます。
それは即ち、現在、我々が日本で行っている体外受精の治療過程で、各々の胚の染色体の状況が手に取るようにわかるようになってきている、ということです。

この内容が結構凄い。
何となくはわかっていたのですが、改めて数字として/科学的データーとして突きつけられると、結構ダメージを受けます。
これは僕個人の感想なのですが、正直、今までの「認識」を打ち破られるようなインパクトがあります。
また、
現状広く用いられている「胚の形態評価(見た目の評価)」というのがいかに無力であるか、ということを思い知らされます。
で、本ページではその内容を見て行こうと思います。

女性の年齢が受精卵の染色体に与えるインパクト

ご紹介する論文は、2012年のRBM onlineのこちら。

です。
アメリカでの体外受精でPGSの結果が出た7345胚(day3が5918個、胚盤胞が1218個)の結果をまとめたものだそうです。
バックグラウンドとしては、

一応、用語について触れておきます。
染色体の状態についての記述で、「euploidy」「aneuploidy」という単語が用いられています。

「euploidy」は、日本語では「正倍数性」で、遺伝学的には一倍体(haploid)、二倍体(diploid)、三倍体、四倍体、・・・・と染色体が完全な整数倍のセット揃っている状態を指しますが、ここでは体外受精のプログラムですので、事実上「二倍体」のことを指すことになります。つまりここでは、

と解釈してOKです。

「aneuploidy」は、日本語では「異数体性」で、遺伝学的には高次異数性(hyperaneuploidy、または多染色体性polysomy)+低次異数性(hypoaneuploidy)ということになりますが、同様にここでは体外受精のプログラムですので、モノソミーなりトリソミーを想定するわけです。つまり、2本あるべき染色体のどれかが1本多いか少ない状態であり、

と解釈してOKですね。

では、この論文の結果に戻ります。
まずは、この論文の「図1」として、初期胚(day3)のPGSの結果、euploidy(染色体が正常)・aneuploidy(染色体異常)の割合が女性の年齢別にグラフ化されています。
「濃い線(右に下がっている方)」:染色体が正常であった割合(%)、数字は左側を見ます。
「薄い線(右に上がっている方)」:染色体異常があった割合(%)、数字は右側を見ます。
下に女性の年齢が書かれています。


20歳のday3胚で、染色体正常な割合が大体50%:50%ですかね。
35歳で正常30%:異常70%位ですか?
40歳で正常15%:異常85%
45歳で正常が10%未満:異常が90%以上
ですね。

どうですか。
そんなわけで、40歳でday3に移植可能胚が1個あったとして、その染色体が正常である確率は15%ということです。

同様に「図2」として、胚盤胞のPGSの結果が示されています。
読み方は同様に「濃い線(右に下がっている方)」:染色体が正常であった割合(%)、数字は左側を見ます。
「薄い線(右に上がっている方)」:染色体異常があった割合(%)、数字は右側を見ます。
下に女性の年齢が書かれています。

20歳の胚盤胞で、染色体正常な割合が大体70%ですかね。
35歳で正常50%:異常50%位ですか?
40歳で正常30%:異常70%
45歳で正常20%:異常80%
ですね。

35歳の方が胚盤胞1個得られたとして、染色体正常である確率は五分五分ということですね。
40歳なら、7割方染色体異常胚ということです。

移植可能胚は何個あればいいのか?

同じ論文で次のようなデーターも出ています。
「表1」というのが以下で、これは、day3に移植可能胚が何個あったか?という基準で対象患者さんを分類してあります。
縦方向の分類は、一番左側に「1-4」「5ー7」「8-10」「>10」と分類されていますね。これは、day3に移植可能胚が何個あったか?ということです。
横方向の分類は、上に書かれている通り、女性の年齢で分けられています。
ちなみにOocyte donorは、卵子提供者で、平均年齢26.6±3.7才とのことです。
各々の数字が縦に3個書かれています。
一番上が、その群に入った女性の「人数」
真ん中は一個一個の胚の染色体が正常であった確率(%)
一番下が、移植可能胚全ての中に、染色体正常胚が少なくとも一個でも含まれていた人の人数とカッコ内はその割合(%)です。



流石に卵子提供者は100%、最低一個は「正常染色体胚」を提供できていますね。
35歳未満で、day3で5個以上移植可能胚があると、最低一個は「正常染色体胚」が含まれている割合は90%以上になるようです。
35-39才で同様に「正常染色体胚」が少なくとも一個以上含まれている割合が90%以上になるためには、day3で8個以上の移植可能胚が必要なようです。
40才以上では、day3で移植可能胚は多ければ多いほど「正常染色体胚」が含まれている確率が上がる、という構図になっていると言えるようです。

全く同じ検討を胚盤胞で行った結果が、この論文の「表2」
にです。



同様に、「卵子提供者」は100%です。流石です。
n(検討症例数)が少なくなっているので解釈には注意が要りますが、35才
未満では5個以上胚盤胞があれば、そのうちの最低一個は染色体正常胚である割合は100%ですね。
35-39才でも5個以上あると、ほぼ100%でしょうか。

ちなみに、僕が解説した流れとはあんまり関係なくなってしまったのですが、この論文を書いた先生たちは、このデーターを使って何が言いたいのか、というと、究極の目的は、
卵子の「質」は、卵巣予備能に影響されない

といった感じの話に持っていきたいようです。
どういうことかというと、例えばday3の35-39才のデーターを見てみましょうか。

で、どちらもあまりかわらないでしょ?ということが言いたいためにこの表を作った、とのことです。
この検討の患者さんたちは、全員、いわゆる「高刺激」ですので、day3の移植可能胚数は採卵数に比例し、採卵数は卵巣予備能に比例するはずですよね。

なので、卵巣予備能が良かろうと悪かろうと、出来た胚の染色体正常率は同じなのよ、という理屈なわけです。
なので、この論文の題名が、
Array CGH analysis shows that aneuploidy is not related to the number of embryos generated
Array CGH法による解析で、染色体異常率は発生胚数とは関係がない)
となっているわけです。

【どくさま流解釈】

そんなわけで、PGSの技術が進歩してきたことで、今までブラックボックスだったことが見えるようになってきました(というか、「なってしまいました」という方が正確かもしれません。)
皆さんはどのような事を感じましたでしょうか?
以下、僕の個人的な感想を書いてみます。

まず第一に、
「20歳と30歳でも結構違うんだ!」
ということに少し驚きました。
実臨床上は、30歳と40歳の違いは重々承知しているつもりですが、実際には20歳→30歳の変化というのも結構凄いな、というのが実感です。

第二に、例えば「30歳の方の胚」と「40歳の方の胚」は、見え方は全く同じであっても、やっぱり全然違うということが裏付けられている、と思います。
同じ8細胞G1でも、やっぱり30歳の方の場合と40歳の方の場合を同じに考えてはいけない。
同じ4ABの胚盤胞でも30歳の方の場合と40歳の方の場合を同じに考えてはいけない。
わけですよね。

第三に、何よりも大きいのが、いかに日常、染色体異常胚を多く扱っているか、ということですよね。
例えば、40歳の方の胚盤胞の染色体が正常である確率は30%でした。
ということはすなわち、40歳の方々10人に胚盤胞を一個胚移植をさせていただいたとすると、染色体が正常な胚を移植できているのはそのうちのたった3人だけ、ということです。
逆にいうと、10人中7人には、知らず知らずとはいえ、染色体異常胚を戻している。
これが日常臨床の現実だ、ということです。

「妊娠したい」と必死になってもがき苦しんでいる方々が、期待と不安に胸を膨らませて、今回の胚移植に臨まれるわけです。
時間もお金も費やし、痛みにも歯を食いしばってようやく胚移植にたどり着いているわけです。
当たり前ですが、「今度こそ!」と信じて疑ってないわけです。
そんな気持ちの方々に、10人中7人に、事実上の「裏切り行為」をしちゃっているわけです。
知らず知らずとはいえ。

・・・・・ねぇ。
これが、科学的に見た(見えて来た、あるいは「見えてしまった」)今日の生殖医療の日常現場の現実です。
ここが生殖医療に携わっている人たちのジレンマなわけです。

これ以上は止めておきましょう。暗くなってしまいますので。

他にも沢山のヒントが転がっている非常に有用な論文だと思い紹介させていただきました。
皆さんのお考えに、ほんの少しでも足しになれたら嬉しいです。


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