PGS(2):胚の「見た目の評価」、その実力はいかほどか?
はじめに(お断り)
このページおよび付随ページは、PGS(着床前受精卵遺伝子スクリーニング)の内容について触れています。
このホームページ設立の目的(管理人の意図する所)は、あくまで、
「不妊で悩まれている方々の毎日の不安・苦しみに対し、微力であっても、ほんの少しでも何かの足しになれたなら嬉しい」
という、僕の勝手な思い込みから始めたものです。
なので、本ページは、純粋に、不妊で悩まれている方々を対象に海外で行われたPGSの結果のデーターを紹介させていただきたいだけです。
PGSの是非論を論じているわけではありませんし、論じるつもりも毛頭ありません。
またその議論に参加する意図も全くありません。
以上、くれぐれもよろしくお願いいたします。
胚の「形態評価」の信憑性はどの程度なのか?
体外受精の治療を受けている時、複数個の胚があり、どの胚を移植するのか選択をするシーンがあります。
この際、胚の「見た目」「形」(難しい言葉でいうと形態評価)で判断をし、「なるべくいいとされているもの」から順に移植していくと思います。
この際使われるのが、初期胚ならVeeck分類(割球数、割球の大小、フラグメントの程度など)、胚盤胞ならGardner分類(有名な5AAとか3BCとか)が広く用いられています。
で、もちろん皆さん、この分類に一喜一憂するわけですね。
「5AA」の胚盤胞なんて戻すと、もう最高の気分、でも、それで結果が出ないとガックリ。
果ては「着床障害かも?」なんて感じでしょうか?
こんな感じで現状重用されている胚の形態評価ですが、では、その真の「実力」はどの程度なのでしょうか?
40歳の女性から「5AA」の胚盤胞が得られたとして、この胚の染色体が正常である確率はどのくらいなのでしょうか?
30歳の女性から得られた「5AA」の胚盤胞とは同じなのでしょうか?
異常受精(3PN)胚が素晴らしい胚盤胞になる、なんてことはよくあります。
前項で、PGSについてお話ししました。えっと、こちらです。
で、胚の形態評価(Veeck分類・Gardner分類)と、実際の染色体の状況が関連付けられた報告が次々出てきている、という状況なわけです。
本項では、この「胚の形態評価」の真の実力、つまりは、胚の見てくれでどの程度まで染色体異常の有無を見極められるのかを見てみたいと思います。
結果を見ると、おそらく唖然とすると思います。
Gardner分類で、どの程度染色体異常の有無を見抜けているのか?
で、ご紹介する論文は2011年のfertil sterilのこちら。
です。
【バックグラウンド+方法】
- 形態評価で最も良いグレードと判断された胚を移植しても、着床しなかったり出生に至らなかったり、あるいは逆に低いグレードと判断された胚が元気な赤ちゃんに結び付くことは、日常しばしば経験される。
- 胚発育停止、着床不全、流産は、胚の染色体異常によることが多い。
- 現在用いられている形態的に「良好」と判断される条件は、胚の染色体異常の有無と全く関係が無いわけでは無いが、得てして弱い。
- 今回、CGHによる胚の染色体検査の結果と胚の形態評価の関連を調べてみた。
- 今回の検討対象は93人で、平均年齢38.5歳(31-47歳)
- PGSを施行した理由は、35歳以上、2回ETしても妊娠に至らない、2回流産など。
- 胚盤胞になったものをPGSとした。
- 検討した胚盤胞は500個
とのことです。
では、その結果を見ていきたいと思います。
【結果1】
- テストした胚盤胞のうち、56.7%(500個中283個)に染色体異常を認めた。
- (複数の染色体異常を併発している胚もあるので)異常を起こしていた染色体は464本であり、トリソミー(管理人注:本来2本である染色体が3本ある状態)は225本に、モノソミー(管理人注:同様に1本しかない状態)は239本で、どちらもほぼ同頻度であった。
- 染色体異常率は、31-37歳の群(平均34.6歳)では51.0%、38-47歳の群(平均41.0歳)では60.7%であり、予想通り、女性年齢と強い相関が認められた。
- 異常を起こす染色体はすべての染色体で認められたが、高齢群/若年群の比で見ると、21番染色体は特に10倍も頻度が増加していたのに対し、12番・14番・18番は5-6倍の増加、1番・2番・11番・15番・17番・20番・22番は2倍以下の増加でとどまっており、その他の染色体では異常率の増加はほとんどなかった。
- このように、加齢に伴い、特に異常を引き起こしやすい染色体とそうでない染色体があるのかも知れない。
とのことです。
加齢に伴い染色体異常率が増加する事が見事に裏付けられていますね。
しかも、染色体によって加齢変化を受けやすいものと受けにくいものがある、というのはなかなか興味深い結果ですね。
【結果2】
- Gardner分類でグレード5-6の胚盤胞の染色体が正常である確率は49.2%(61個中30個)、グレード1-2の胚盤胞では37.5%(48個中18個)であり、有意差はないものの、成長がゆっくりの胚は染色体異常率が高い傾向が見られた。
- グレード3の胚盤胞では、染色体異常胚のうち、モノソミーとトリソミーの割合はほぼ等しかったのに、グレード5-6ではトリソミーの方が多かった(モノソミー:トリソミー=1:1.7)
- 2本以上の染色体に異常がある割合は、グレード5-6の胚に比べて、グレード3以下の胚で多かった。
とのことで、この内容が「図2」としてグラフになっていますが、このグラフがカラーでこれまたインパクトがあります。
右の図がまさにそれです。
各棒グラフのうち、一番下の青い部分が染色体が正常だったものです。
逆にいうと、その上に乗っかっている4色は全て何らかの染色体異常があったものです。
どうですか?これ?
まあ、一応、傾向としてグレードが進んでいるほど(発生が早いほど)染色体が正常である確率が高まっているようですが、論文中にもあった通り、有意差は無しだそうです。
で、グレード5以上でも、染色体が正常だったのは49.2%です。
逆にグレード1-2でも37.5%は正常です。
グレードが進んでいるほどいいに越したことはないのは確かなようですが、グレード5(以上)でも、思ったほど染色体正常率は高くなく、逆に、グレード1-2でも、染色体が正常である確率は思ったより高いと思いませんか? |
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胚盤胞のグレード分類(Gardner分類)はこれだけではありませんね。
- 内細胞塊(ICM:Inner Cell Mass)~将来胎児になる部分
- 栄養外胚葉(TE:Trophectoderm)~将来胎盤になる部分
も分類し、ABCの3段階で分類しているのでした。
一般的にはAが良いとされています。
こちらについての記述も見てみましょう。
【結果3】
- ICM(内細胞塊)、TE(栄養外胚葉)の形態評価は、染色体異常率と有意に関連するようだ。
- 染色体正常胚194個、このうち、ICMがAだったものは62%(121個)、TEがAだったものは46.4%(90個)。
- 染色体異常胚238個、このうち、ICMがAだったものは49%(116個)、TEがAだったものは34.9%(83個)。
とのことです。
ということは、逆算すると、
ICM:
Aと評価されたものは121+116=237個、この内染色体が正常であったものは、121/237=
51.0%
B or Cと評価されたものは195個、この内染色体が正常であったものは、73/195=
37.4%
TE:
Aと評価されたものは90+83=173個、この内染色体が正常であったものは、90/173=
52.0%
B or Cと評価されたものは259個、この内染色体が正常であったものは、104/259=
40.2%
ということになると思います(計算あってるかしら?間違っていたらご指摘ください。)
ということで、
ICMとTEの評価もAであるのに越したことはないようですが、Aであっても思ったほど正常率は高くはなく(50%程度)、逆にB or CはAに比べ悪くなるのは確かですが、結構健闘している(40%程度)、という感じではないでしょうか?
ちなみに、この論文のdiscussionの所には、次のような記載があります。
52% of embryos achieving the top two grades (5AA and 6AA) were euploid,
but 48% were abnormal.
(最高グレードである5AAまたは6AAの胚の染色体が正常であった確率は52%。48%は染色体異常であった。)
以上が胚盤胞の形態評価と、実際の染色体の関連性です。
ちなみにこの論文、もう一つ面白い検討がしてありますので、おまけですがご紹介しておきたいと思います。
【結果4】
- 性染色体に異常を認めなかったのは、検討した500個中454個だった。
- XXだったのは229個(51%)、XYだったのは225個(49%)であった。
- 性染色体がXXであった胚に常染色体に異常が認められたものは124個(54.2%)、XYで常染色体に異常が認められたものは113個(50.2%)で、常染色体の異常に性差はなさそうである。
- 興味深いことに、グレード5-6の胚盤胞のうち72%(57個中41個)は性染色体がXYで、XXであったのは28%(57個中16個)にとどまった。
- さらには、グレード3以下の、成長速度の遅い胚盤胞では、逆に60%(207個中124個)がXXで、XYは40%(207個中83個)にとどまった。
- この性差による胚盤胞のグレードの違いには明らかな有意差があった。
- 男性型性染色体を有する胚は2.6倍グレード5-6の胚盤胞になり易い。
とのことで、右のようなグラフが付いています。
濃いほうが男の子、薄いほうが女の子の性染色体を持っている割合ですね。
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以上より、この論文を書いた先生たちは、
「胚盤胞のグレードは、染色体異常の有無より、性染色体がどっちなのかの方がよっぽど影響が大きいんじゃないでしょうか?」
ということをほのめかしているわけです。
なので、この論文の題名に
「The relationship between blastocyst morphology, chromosomal abnormality, and embryo gender.」
(胚盤胞の形態と染色体異常、および胚の性別の関係)
と、gender(性別)という単語が入っているわけです。
【どくさま流解釈】
以上、この論文の論点を箇条書きにしてみます。
- 胚盤胞に到達した胚が染色体異常を有する確率は半分以上(この論文の集団からは56.7%)
- 女性年齢が上昇すれば、たとえ胚が胚盤胞に到達していても、染色体異常胚である確率は高まる。
- 女性年齢が上昇することにより異常を起こしやすい染色体と影響を受けにくい染色体が有るのかも知れない。その影響を最も受けやすいのは21番染色体なのかもしれない。
- 胚盤胞の形態分類と染色体の正常率は、ある程度の関連性はありそうだが、その関連性は弱い。
- 最高グレードの5AA or 6AAでも、染色体が正常なのは52%で、逆にグレード3以下でも37%は正常染色体を有する。
- 胚盤胞の形態評価には、染色体異常もある程度影響するのは確かだが、どちらかというと、「胚の性別」の方が影響が大きいのかも知れない。男児の胚の方が得てして高グレードの評価になるようだ。
ですかね。
なるほど。思い当たる節ありまくりです。
僕も当然、胚の「見てくれ」で評価を行っているわけですが、例えば、
「1番」→流産
「2番」→流産
「3番」→元気な赤ちゃん
なんてこともありました。
(しかも女の子だったような・・・)
あるいは、この論文でもありました通り、「5AA」の染色体正常率は5割程度です。
なので、例えば2回連続「5AA」の胚盤胞をETしたとして、2回とも「染色体異常胚」をETしている確率は25%、4人に1人はそうなっている、ということです。
「5AA」でもこの確率です。
そんなレベルなわけです。
但し現状、日本ではPGSは行われていないので、
「じゃあ、どうやってETする胚を選ぶの?」
と言われたら、やっぱり「形態評価」に頼るしかないわけです。
そんな感じです。