胚盤胞培養:Can We Perform better than nature?~(2)胚盤胞培養編


胚盤胞培養その1:胚盤胞移植で上昇するのは「着床率」

ここまで、胚盤胞培養の培養液の話をしてまいりましたが、それをバックグラウンドとして、「胚盤胞移植が求めているものは何か?」を考えてみましょう。
答えを先に書いてしまうと、

と思います。
その恩恵を受けられる人が数多くいるのは確かですが、逆に損をしている人も絶対にいると思います。
自分は胚盤胞移植をすることによって得をするのか?それとも損をしてしまうのか?
よくよくそのカラクリを理解して、少しでも得をしてください。

僕も「この人は胚盤胞培養をすると得するのだろうか?それとも損するのだろうか?」と判定に困る状況の方は多いです。

現在、あくまでも仮にですが、以下の条件があったとします。

で、図のような状況だったとします。


この図の条件では、
初期胚移植の時点では、5番、9番の2個が発育をstopしていて、8個が移植可能胚です。
で、結果、2番、6番、10番の3個が着床する受精卵ですから、1個胚移植をすると、「胚移植当たりの着床率」は、3/8=37.5%ですね。

一方で、胚盤胞移植の時点では、さらに1番、3番、7番の3個が発育をstopしていることがわかりますので、5個が移植可能胚です。
で、結果は同じ2番、6番、10番の3個が着床する受精卵ですから、1個胚移植をすると、「胚移植当たりの着床率」は、3/5=60.0%ですね。

ということで、胚盤胞移植を選択することにより、初期胚~胚盤胞までの間で発育をstopしてしまう胚を移植しない、ということが可能になり、着床率が上昇しましたね。

ということで、移植時期を「初期胚→胚盤胞」にずらすことによって、効率よく着床可能な胚を選択できるようになるわけです。

はい。確かにこれならば誰も損はしません。
全員恩恵を受けられるはずです。
全員が全員、確実に無駄な胚移植を行わなくて良くなるようになり、効率よく着床率が上昇するわけです。

・・・そうなんですね。
現実には、この図の「仮定」が成り立たないんですね。
どの仮定が成り立たないと思います?

胚盤胞移植その2:初期胚 v.s. 胚盤胞の『累積妊娠率』

一本論文を読んでみましょう。
(少し古い論文なのですが、後で記載しますが、この論文を選んだのには理由があります。)
えっと、こちら。

この論文は、論文全文を誰でも見ることが出来ます。
リンク先の右上の「FREE FINAL TEXT」というアイコンをクリックすると、論文全文が表示されます。
論旨はこちら。

ということです。
ET胚数etc etc色々条件があるのですが、まあそれはおいておきましょう。
重要なことは何か?というと、ここで出てきた「累積妊娠率」という評価法です。

最初に書いたモデルケースでは、生き残る胚は決まっている筈ですから、新鮮と凍結合わせて、とにかく10個全ての胚を全部ETしたとしたら、初期胚ETでも、胚盤胞ETでも3個の胚が着床するはずですよね。
つまり、妊娠する胚の数は同じになるはずでした。

所が、この論文のデーターでは、day2 ET(新鮮でも凍結でも全てをday2でETした群)は50%で赤ちゃんを抱くことが出来て、day5 ET(新鮮でも凍結でも全てをday5でETした群)は36.4%しか赤ちゃんを抱くことが出来ずに、有意差を持ってday5 ET群の方が低いわけです。
何で?おかしいじゃないですか?

そうなんですね。昨日書いた条件が、実際には成り立っていないわけです。
どれがですか?
そうです。

これが実際には成り立っていないのです。

この論文の最後の最後の段落、「In conclusion~」の所の最後から2文目にこう書いてあります。
リンク先飛んで確認してください。

訳します。

そういうことなんです。
皆さんのお腹の中なら生き残って赤ちゃんになることができる条件を整えた胚が、長期に培養されたが故に胚盤胞にすらなることができずに成長を止めてしまっている可能性がある!
ということです。

胚盤胞培養の技術は、進歩しているのは間違いない所ですが、残念ながら、皆さんのお腹の中には勝ててはいないと思います。
なので、「赤ちゃんになりうる運命の胚の全てが胚盤胞培養液内で胚盤胞まで成長できるか?」と言われると、答えは多分「NO」
つまり僕個人も、母の体内でこそ育つことができましたが、培養液内では胚盤胞にすらなれなかったかもしれません

逆にいうと、

ということができるかもしれません。
これが胚盤胞培養の利点です。

「獅子の子落とし」というのがありますね。
あのイメージです。

胚盤胞移植その3:胚盤胞移植の利点/欠点

「初期胚ET v.s. 胚盤胞ET」に関しては、コクランにも記載があります。
リンクはこちら。

で、コクランの結論はこちら。

正にその胚移植周期一回勝負なら、1回のET当たりでの出産率は胚盤胞移植の方がいいわけです、が、余胚を凍結して、その凍結胚をまた次の周期にETして、ということをしたら、(ET1回当たりの妊娠率は低いけど=複数回のETが必要になるかも知れないけど)結果的に、妊娠している割合は、分割期で勝負をしたほうが妊娠率が高い、というわけです。

ご理解いただけますでしょうか?

で、このコクランで「累積妊娠率」(単回のETでの妊娠率ではなく、新鮮+凍結を合わせた結果の妊娠率)での「初期胚 v.s. 胚盤胞」が計算されています。
4つのRCT(とりあえず「研究データー」と読み替えておいてください)で、266人のカップルでの初期胚 v.s. 胚盤胞の累積妊娠率の結果は、オッズ比 1.58(95%CI 1.11~2.25)で、初期胚移植の方が有意に高いと計算されています。
(ちなみに昨日ご紹介した「ちょっと古い論文」は、この4つのRCTの中の1つです。)

この結果を受けて、コクランの文中にはこんな風に記載されています。

まとめると、

というわけです。

胚盤胞移植その4:小括

ということで、ここまでを小括します。

というわけです。

イメージにすると、こんな感じです。

最初に使ったモデルケースのうち、初期胚移植をすれば、母体内で胚盤胞まで到達できるのは2番4番6番8番10番の5個、そのうち妊娠成立するのは2番6番10番の3個です。

これを胚盤胞培養した場合、母体内よりも環境が過酷なので、2番と8番が胚盤胞になる前に発育停止してしまいました。
結果、体外培養環境下で胚盤胞になれたのは4番6番10番の3個、そのうち妊娠成立するのは6番10番の2個です。

ということで、「胚盤胞培養」の利点が大分見えてきたと思います。

これが、胚盤胞培養で恩恵を受けられる人の条件です。

「獅子の子落とし」をしても、なお、這い上がってくる「子」がいる確率が高いと確信できるなら、その恩恵は大きい。
というわけです。

この後、海外の論文をさらにご紹介してまいりますが、この条件を整えている方のことを、よく、「good prognosis population」という単語を使って表現してあります。


僕の説明は下手くそなので、誤解を招いてはいけません。
また、僕の勝手な思い込みで間違った情報を流してしまってはいけません。

僕が個人的に勝手に尊敬申し上げている見尾先生のクリニックのHPに胚盤胞培養の利点欠点がすごくわかりやすくまとめられておりますので、勝手ながらリンクを張らせていただこうかと思います。
リンク先の下の方に胚盤胞移植の長所/短所がまとめられております。
凄く勉強になる内容です。
是非ご覧になってみてください。
(もしご迷惑でしたらリンク外しますのでご連絡下さい)

胚盤胞培養その5:胚盤胞移植で利益が出る人とは?

そんなわけで、胚盤胞移植の利点を有効活用するためには、

ということが必要なわけですが、では具体的にどうであればいいのでしょうか?
もちろん今までのデーターの蓄積により、色々言われているのですが、今日現在「ガイドライン的な指標」というのは存在していないと思います
よって、施設施設で独自の条件を設定していることが多いと思います。

中でも、day3胚の割球数[1]とかフラグメントの状態[2]とかを指標にしていることが比較的多いのかもしれません。
僕が修行時代に教わった条件は、「day3でVeeck分類6-10cellG1or2が3個以上」というものでした(あくまでもローカルルールです)。
他にも、同様の条件で5個以上という話を聞いたことがあります。
但し、「初期胚の形態評価」というのも、これまたかなり眉唾で、絶対的な指標とはなりえていないようです
他には、

などなど。いろんな意見があるようです。

海外のデーターを見ると、

なんてのもあります。

ガイドライン的な指標が無い分、いろんな考え方があり、いろんな基準が存在しているのが現状だと思います。
但し比較的卵巣予備能が良く、ある程度の数の卵子が得られることが要件となるのはそんなに理解に難しくはないと思います。

[1]Hum Reprod 18: 1307-; 2003
[2]Hum Reprod 13: 676-; 1998
[3]Hum Reprod 13: 3434-; 1998


で、最初の問題を振り返って見てみましょう。

どうでしょうか?

day2 ET v.s. day3 ET

そんなわけで、現在考えている「正常受精卵1個」といった状況ですが、

という発想に結び付くのは当然と言えば当然です。
で、よく見かけるのが

という検討ですね。
論文的には「有意差あり」とする論文と「有意差なし」とする論文、両方が入り乱れている状況です。
例えば、

では、こんな論調です。

といった感じで、「day2ETをすべき」との結論に達していて、かなり強い口調でday2ETを推奨しています。

などなど。

で、たまたま、全く同じ巻のfertility and sterilityにも、「有意差あり」とする論文が載っています。

但しこちらは、対象患者さんの卵巣予備能は制限していないようです
平均採卵数も8-9個とのことなので、先ほどの報告よりは「獅子の子落とし」をしやすい状態です。
で、それでも、40歳未満では、day2ETの方がday3ETより有意差を持って継続妊娠率が高い、としています。

この論文でも、day2→day3へ培養期間を延ばすことによる胚毒性を指摘しています。

といった感じ。
で、この論文も、「poor-prognosis patients」ではday2 ETをしたほうがいいのでは?としています

で、この2つの報告を受けて、「俺もやってみた」論文が2011年に載りました。

です。

ということで、この先生たちの結論は、

となっております。

ということで、卵巣予備能低下している方に対する、「day2 v.s. day3」は、

といった状況だそうです。

ということで、一番最初の問題に対する考察をしてまいりました。

以上より、僕の個人的な考えは、この場合なら、day2かな?でも、「意地でも」のこだわりではなく、状況によってはday3でもいいのかな?といった感じなのかな?と今日現在思っています。
但し、いろんな考え方のある内容だと思います。
あくまでも僕個人の考えである点を、しつこいですが付け加えさせていただきます。

ではでは。

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