男性不妊に対するアロマターゼ阻害剤

2014年5月記

お断り

今日(2014年5月)現在、アロマターゼ阻害剤は男性への投与は認可されておりません
即ち、アロマターゼ阻害剤を男性不妊に対して使用することは、完全に
適応外使用です
仮に実臨床上、排卵誘発剤として使用する医療機関があったとしたら、それは処方する医療機関(医師)の責任の上で、患者様との十分なインフォームドコンセントが形成され、両者合意の上で処方されている筈です。
よって当然ですが、
本HPはアロマターゼ阻害剤の適応外使用による健康被害等に一切の責を負いません

本HP記載内容は、海外の医学雑誌に記載された内容の和訳・解説に過ぎないことを十分ご理解の上、お読みください。

バックグラウンド:アロマターゼとアロマターゼ阻害剤

本題に入る前に、「アロマターゼ」という酵素について説明しておきます。

男性ホルモン(アンドロゲン~代表例:テストステロン)も、女性ホルモン(エストロゲン~代表例:エストラジオール)もぜ~んぶまとめて「性ステロイドホルモン」と呼びます。
で、性ステロイドホルモンの原材料は、悪名高き(?)コレステロールなのですね。
生体は、コレステロールからテストステロンもエストラジオールもプロゲステロンも作り上げております。

ちなみに医学生はこの代謝経路を暗記します。僕もその昔しました。
その合成経路の図を見るたびに、未だに当時の悪夢が思い起こされます(笑)。

これをすっごい大雑把に大胆に省略すると、

です。
で、このステップの

の変換を行う酵素が「アロマターゼ」です。

「アロマターゼ」の「アロマ」は「香り」の「アロマ」と同じです。
高校の化学で「芳香族」というのを習いませんでした?「ベンゼン環」とかあの辺の話です。
(皆さんも「あの頃」の悪夢を思い起こしますか?(笑))

大雑把にいうと、男性ホルモンの一部をベンゼン環にすると女性ホルモンになるのですが、この反応を「芳香化」と言います。
で、「芳香化酵素=英語でアロマターゼ」なわけですね。

即ち、アロマターゼは、男性ホルモンを女性ホルモンに変換する酵素、というわけです。
テストステロンならエストラジオールに変換させます。

「アロマターゼ阻害剤」は、このアロマターゼという酵素を阻害、つまり邪魔をするわけです。
どうなります?
男性ホルモンを女性ホルモンに変換できないわけですね。
テストステロンをエストラジオールに変換できない。
結果、エストラジオールを作りたくても作れなくなっちゃうわけです。

ちなみに「アロマターゼ」は精巣/卵巣、肝臓、脳、そして脂肪細胞などで発現しております。

という構図によって、「肥満と男性不妊」の関連性があることは、本HPでも解説済です。えっと、

ですね。

アロマターゼの酵素活性に個人差があるのでは?という考えが存在する

で、この「アロマターゼ」という酵素の活性の程度に個人差があるのではないか?という説があります。
まあ、まだ推測の域を出てはいないようですが、

こんな感じです。
「遺伝子多型(polymorphism)」と言います。
両親より受け継いだ遺伝子のDNA配列に個人差があって、同じ遺伝子なのに「表現型」が変わってくる要素と考えられています。
つまり、この場合なら、同じアロマターゼなんだけれども、その活性が個人個人で違うのではないか?というわけです。

もっと平たく言っちゃうと「体質」ですね。
つまり、体質的にアロマターゼ活性に個人差がある、男性ホルモンを女性ホルモンに変換しやすい人としにくい人がいる、というわけです。

で、これは「太っている/いない」に関係なく、「精巣の」アロマターゼ活性に個人差があるのではないか?という考え方があるようです。

(以下、オタクな人用)←一般の方は理解する必要ないですよ!
ここで出て来たHammoud先生のpaperの論旨はaromatase遺伝子(CYP14A1遺伝子)のintron4にある(TTTA)repeatの回数にpolymorphismがあるそうなのですが、これによって、アロマターゼ遺伝子の転写活性の程度が異なり、結果、アロマターゼ活性の程度が異なってくるのではないか?すなわち、(TTTA)repeatの回数によりT/E2比率が個人個人で違う、という論旨の論文です。

Men with Excess Aromatase Activity(アロマターゼ活性過剰男性)

そんなわけでご紹介するのはシュレーゲル先生の「男性不妊に対するアロマターゼ阻害剤」の論文です。

不妊やっている人の中でその名を知らぬものはない有名人シュレーゲル先生はニューヨーク・コーネル大学の教授先生です。
あの「MD-TESE」産みの親です。
NOA(非閉塞性無精子症)に対し、それまで行われていたTESE(現在で言うsimple TESEやmultiple TESE)を顕微鏡を用いることにより精子回収率を飛躍的に上昇させることに成功した立役者です。
男性不妊の神様みたいな存在です。

ちなみにここで紹介する論文もやっぱり惚れ惚れしちゃう内容で、「やっぱり賢い人は違うなぁ」と感心させられてしまうような、僕の大好きな論文の一つでもあります。
リンクは

です。
で、この論文のポイントは、最後の最後の「Summary」の所に、次のように書かれています。
(僕が勝手に惚れ込んでいるせいか、「英語」もカッコいいので、原文もご紹介してみたいと思います。)

ヤバい(←今流)。格好良すぎ!

ちょっと意訳しすぎかもしれませんが、要するに、今「特発性(原因不明)造精機能障害」と判断されちゃっている状態の中に、結構な頻度で(appear to commonly)「アロマターゼ活性過剰症候群」とも表現すべき状態が含まれているのではないか?というわけです。
で、「何でアロマターゼ活性が人に比べて上昇しちゃうの?」という問いに、アロマターゼ遺伝子のイントロン4の遺伝子多型を例に挙げています。
つまり、生まれながらに、体質的に「アロマターゼ活性」の程度には個人差があるのだろう、で、その程度問題だ、というわけです。
で、

というわけです。
で、その「アロマターゼ活性」の原因臓器は、これまたズバリ、「精巣」。
ライディッヒ細胞じゃねーの?」というわけです。

で、何より、もしこの状態なら、「treatable(治せる)」というわけです。
いや、「treatable」なんて単語、そう簡単に使えないっすよ。

ま、それはそれでいいのかもしれませんが、その「精液」のバックグラウンドには内分泌学的にこ~~んなに「面白い」世界が広がっているのに、ここを探求しないなんて。勿体ない!
しかも「treatable」ですよ!「treatable」!

そんなわけで、いきなり結論の所をご紹介してしまいましたが、この論文の論旨をいつものごとく箇条書きにしてみたいと思います。

ここにも書かれていますが、男性不妊に「クロミフェン」が使用されることがあります。
僕もそれでいい思いをさせていただいたことも多々あるのも事実なのですが、確かに「エストラジオール」に注意しなければなりません
LH/FSH/Tは持ちよく上昇するのですが、E2も上がるので、気が付くとT/E2比がとんでもない数値になっていたりします

男性不妊に対するアロマターゼ阻害剤の研究報告

では、その実力のほどはいかに?
男性不妊に対するアロマターゼ阻害剤の研究報告を見てみたいと思います。
まずこちら。

です。

とのことです。
アロマターゼを阻害して効果がありそうな条件として、大体、

としている論文が多いようです。

もう一本、はこちら。

です。
この論文の内容は、アロマターゼ阻害剤の効果を見ていますが、内容的には「レトロゾールv.s.アナストロゾール」になっています。

とのことです。
この論文も、「T<300ng/dL+T/E2<10」を条件にしていますね。
このように、

こんな感じで、

という流れがあるようです。

では、アロマターゼ阻害剤を飲み続けることに問題は無いのか?

一方、最初にお話しました通り、「男性不妊に対するアロマターゼ阻害剤」は、バリバリのオフ・ラベル(適応外使用)になってしまいます。(「クロミフェン」も、バリバリのオフ・ラベルですが。)
現在の適応疾患は乳癌であり、不妊の世界では排卵誘発に用いられることもあるのですが、これもバリバリのオフ・ラベル(適応外使用)です。
では、男性に、長期間「アロマターゼ阻害剤」を飲んでもらうことはどうなのか?(安全性という意味で)という点について、「第24回日本性機能学会東部総会」でユニークな発表がありましたので、紹介してみたいと思います。

「新規治療クロミフェンおよびアロマターゼ阻害薬併用療法における安全性」

という演題で、東邦大の小林先生の演題です。
話は、なんと、演者の小林先生自らクロミフェン+アナストロゾールを1年間飲んでみた、という内容でした。
ホルモン的には、クロミフェン単独療法に見られるE2上昇を軽減することができ、テストステロン値のみを上昇させることができた、ということでした。
で、BMIも21で増減なく、副作用と言えるものは無かったとのことです。

お言葉を拝借すると
「アロマターゼ阻害剤は男性にも有効かつ安全であり」
とのことでした。

僕も会場にいたのですが、どよめきというかなんというか、盛り上がってました。
フロアーからの質問として、
「そもそも何で先生は1年もクロミフェン+アナストロゾールを飲んでみようと思ったのですか?」
といった感じでした。
演者の先生は、いわゆる「スポーツ大好き」で、加齢現象にやや抵抗感をお感じのようで
「テストステロンを上げようとおもって。」
みたいな感じでおっしゃっておりました。

まあ、動機はどうあれ(?)、自ら体験してみて安全性を確認してみたという話でした。


但し、内分泌学的に考えると、E2↓なわけなので、骨粗鬆症のリスクは当然話題になってくるはずです。
長期に行うのは多少問題点が出てくる可能性は当然あると思います。

こんな感じで、特にここ数年、「アロマターゼと造精機能」の話が盛り上がりつつあるようです。
シュレーゲル先生のお考えのごとく、「アロマターゼ活性の個人差」が「精液検査所見」に一定の影響を及ぼしているのかもしれません。
内分泌学的に見た男性不妊、未解明な部分が多い分、これから色々展開していく可能性があり、非常に楽しみな分野でもあります。

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