造精機能の考え方


生理的に精子はドンドン壊されている

精子というのはご存じの通り陰嚢内の精巣で作られているわけです。
今日も明日も明後日も、毎日毎日せっせせっせと作られているわけですね。

という流れは、中学だか高校だかで習ったと思います。

でも実は、精液検査上正常範囲に入る人の場合でも、「精子になる」と運命付けられた細胞の全てが精子になれているのか?というと、そうではないと考えられています。
現在のところ、精液検査上正常範囲に入る方でも、精子になると運命付けられた細胞の75%程度は細胞死によって消滅していて、実際に精子にまで成れているのは25%程度と考えられているそうです。
(Hormone Frontier In Gynecology 19(2) 157-)

よく、「腟内に射精された精子が生存競争をして・・・・」という生き残りの話を聞くと思いますが、実は精子の生存競争は、そもそも精子になる前からすでに始まっていて、射出精液に含まれている精子は、その淘汰をかいくぐってきた「ある程度選ばれた状態」になっているというわけです。

これは、もちろん精子は「生殖細胞」というその性質上、少しでも何らかの不都合が生じたときにその異常を次世代に伝達しないようにするための自然淘汰の仕組みであると考えられているわけです。

つまり、精子は他の細胞に比べ、その性質上「死にやすくできている」「壊されやすくできている」とも言えます。
逆にいうと、生体は、次世代の子孫を作るのに問題が無い精子のみを選抜できるよう、「強力な精子破壊システム」を有している、と考えることもできるわけです。
種の保存システムとして、そもそも精子は「壊れやすく/壊し易く」出来ているわけですね。

で、例えば25%:75%で生き死にが決められている精子形成のバランスが、何らかの加減で少しだけ負のバランス、つまり20%:80%とか15%:85%とかに振れれば、それが「造精機能障害」と呼ばれる状態になるのではないか?と考えるわけです。

この精子形成を負のバランスに振る「何らかの加減」の候補が精索静脈瘤であったり、遺伝的要因であったり、あるいはタバコであったり、体重であったり、ホルモンバランスであったり、温度であったりetc etcと考えるわけです。

なぜ温度が上昇すると造精機能が障害されるのか?

精巣+精巣上体が陰嚢内にある(腹腔内ではなく)のは、体温よりも低温にするためではないか?という説があるのは皆様もお聞きになったことがあると思います。
その例として

などが挙げられます。

では、なぜ精巣は高温になると精子形成細胞に障害が起こるのでしょうか?
この理由が活性酸素種(僕らの世界ではReactive Oxygen Speciesの頭文字をとってROS(ロス)と呼んでいます)なのではないか?と考えられています。

ROSは感染/炎症などでも産生されるのですが、エネルギー産生の過程で副産物としても出来てしまうものなのだそうです。
もう少しだけ詳しく書くと、僕らの活動のエネルギー源はATPという物質だということは聞いたことがありますでしょうか?
糖質/脂質/蛋白質を分解して、最終的にATPという高エネルギー物質が作られるのですが、このATPがミトコンドリアと呼ばれる場所で作られる時に、副産物として出てきてしまうのがROSだというわけです。

という図式ではないか?と考えられているわけですね。
温まって代謝活性が上昇すると、障害物質も増えてしまう、というわけです。

精巣内に備わった「抗酸化システム」

温度上昇(精索静脈瘤や生活習慣など)以外にも、ウイルス・細菌感染などの炎症、重金属・農薬汚染、生活習慣(喫煙・飲酒)精神ストレスなどが、ROS↑→酸化ストレス上昇と関連していることが指摘されています。

で、ROS↑の結果、精系細胞の膜脂質の過酸化・DNA損傷といった酸化障害が起こるのだろう、というわけです。

ただし、細胞もやられっぱなしというわけではなく、生体にはこれまたうまい具合にROSを消去無毒化するシステムが備わっています。これが「抗酸化システム」と呼ばれているものです。
詳細は難しくなりすぎるので省きますが、酵素系(抗酸化酵素といいます。興味ある方はググってください。SOD、GPx、Prxなどです)やおなじみビタミンC・Eなどもこの「抗酸化システム」の役割を担っていると考えられているわけです。

最初に書きましたが、精子形成時、細胞の「生・死のバランス」が負に振れている状態が「造精機能障害」だと考えると理解しやすいわけです。

僕が実際に患者様を拝見させていただく時は、大体こんなイメージを頭の中に浮かべているわけです。
で、

という「謎解き」をするイメージでしょうかね。

この過程が、女性の「月経不順」の原因を探っている時のイメージに似ていて、男性不妊の興味深いところであるわけです。

具体例

具体例行ってみましょうか。
例えば、こちら。

症例報告です。内容は、というと、

と書いてあります。
こんな論文を読み解く時には、昨日書いたような「天秤」を思い浮かべると理解しやすいわけです。
この論文を書いた先生は、この患者さんは「精索静脈瘤+慢性炎症」で天秤が負に触れて、非閉塞性無精子症になっているのでは?と判断した。
よって、この天秤を元に戻したい
で、なにをしたか、というと、

で、天秤の傾きを元に戻そうとした、というわけです。
そうしたら、精子が出て来た。
ズバリ当たった。
「どや!」

という論文なわけです。

消炎剤がエビデンスがあるかどうかはどうかと思いますが、読み解き方としてはこんな感じです。
「いかに天秤を元に戻すか?」
という探求心が大事なのだと思うわけです。


s

inserted by FC2 system