肥満と男性不妊
2014年4月記
もちろん「全て」ではありませんが、「肥満・メタボ」に関連する症状の一つとして「男性不妊」が出ていることがあります。
この場合、「妊娠を目指す」のはもちろんなのですが、この時点で同時に「肥満・メタボを改善する」方向で動機づけをすると、結果、その方の「生命予後の改善」まで見込める可能性があるわけです。
ここでは、なぜ肥満が男性不妊を引き起こすのか?についての見識を深めてみたいと思います。
参照する論文はこちら。
この論文は、「図」が綺麗で気に入っている論文です。
是非、リンク先に飛んで、図を見てみてください。
では、論旨。
いつものごとく箇条書きにします。
1.Introduction & 2.What is obesity?
- 「肥満」は現在、世界的な問題となっており、現状は「肥満パンデミック(大流行)」といった様相を呈している。
- この世界的な肥満率の上昇と並行するように男性妊孕能の低下が報告されている。
- 体重が正常な男性に比べると、BMIが上昇すればするほど有意に不妊である率が上昇する。
- 科学的にも、この半世紀の男性生殖能に起こった変化は、おそらく体重増加によるものだろう、と考えられている。
- アメリカでは、男性の精子数が1年ごとに1.5%低下していっている、という報告もある。
- この傾向は、同様に肥満傾向が見られる西洋社会で見られるが、肥満が問題化していない地域では、そのような精子の変化は認められていない。
- 「肥満パンデミック」の脅威としては、公衆衛生上の脅威であることは良く知られているが、生殖に及ぼす脅威については、未だに認識が薄いのかも知れない。
- 最も一般的な評価法はBMIである。
3.How dose obesity affect male fertility?
- 肥満の合併症の一つとして男性不妊があるとする多くのデーターがある。
- 基本的には、EDと精液所見の悪化を引き起こす。
- 肥満/糖尿病の男性の生殖能を脅かす原因の一つとしてEDが挙げられている。
- Coronaによると、メタボリック症候群の96.5%にEDが存在した、と報告されている。
- 肥満による精液所見の悪化としては、精子濃度の低下、奇形率の上昇、運動率異常、DNA断片化率の変化などがある。
- 精子濃度の低下は肥満男性だけではなく、「やせ」の男性にも見られ、正常精子形成能のためには、理想的なBMIの範囲というものが存在するようだ。
ということです。
で、この論文の「図1」を見てみましょう。
obsesity(肥満)が、幾つかの原因により(これが次の第四章の内容)、ED(erectile dysfunction)なり、精液所見の悪化(altered seminal parameters)を引き起こし、妊孕性の低下(sub-fertility)を引き起こす、というわけです。
で、この「原因」が次の章で書かれています。
4.What are the pathophysiological mechanisms?
第4章は、「肥満だと何でEDになったり、精液異常になるのか?」のメカニズムについてのまとめです。
4.1 genetic factors
- Klinefelter症候群、Prader-Willi症候群、Laurence-Moon-Bardet-Biedel症候群などの遺伝性疾患は、程度の違いこそあれ、ある程度の「肥満」の症状と「不妊」の症状が同居する。
- このように(遺伝性疾患で)「肥満」と「不妊」(という、一見関係が無いように見える症状)が同居する、ということは、何かしらの遺伝的関連があることが示唆されるわけだ。
- Hammoudらは、アロマターゼの遺伝子多型により、体重とエストロゲン濃度が変化する可能性を示唆している。
- これは確かに、ある特定の肥満男性では、血中エストロゲン濃度が上昇しやすく、結果男性不妊になり易いケースがあり、また、肥満でも(エストロゲンが上がりにくく)男性不妊になりにくい人も出てくることになる。
ちょっと専門的過ぎました。
「肥満」と「男性不妊」という、一見関係が無いように見える症状同士が一緒に出現する疾患がいくつかあります。
で、一方で、「肥満でも性欲モリモリで子沢山」の方もいれば「肥満でEDで精液検査異常あり」となる人もいる。
この2パターンは何が違うのか?という話なわけです。
ここで例として挙げられていたのが、「アロマターゼ遺伝子の遺伝子多型」なわけです。
もう、本当に噛み砕いて表現すると、「体質」ですね。
太ると、脂肪組織が男性ホルモンを"壊して"、女性ホルモンにしてしまうわけですが、この効率に個人差がある、というわけです。
要するに、太っても、脂肪組織があまり男性ホルモンを壊さず、男性不妊を呈さない体質の人と、太ると、脂肪組織がガンガン男性ホルモンを壊して女性ホルモンにしてしまって、男性不妊を呈しやすい体質の人がいる、ということを言いたいわけです。
(以下、オタクな人用)←一般の方は理解する必要ないですよ!
ここで出て来たHammoud先生のpaperは、Fertil Steril 94(5), 1734-, 2010です。
aromatase遺伝子(CYP14A1遺伝子)のintron4にある(TTTA)repeatの回数にpolymorphismがあるそうなのですが、これによって、脂肪組織でのアロマターゼ遺伝子の転写活性の程度が異なり、結果、脂肪組織でのアロマターゼ活性の程度が異なるのではないか?すなわち、(TTTA)repeatの回数により、同じBMIでもT/E2比率が個人個人で違う、よって太ってもE2が上昇しにくい人と、太るとE2が上昇しやすい人がいるのではないか?という論旨の論文です。
次の4.2は、長いので、先に要点だけまとめちゃいます。
筆者の先生が指摘しているのは、大きくは2つ。
- 脂肪細胞に存在する「アロマターゼ」が悪い。テストステロンをばんばん壊してエストラジオールにしちゃうので、低テストステロンになるわ、(エストラジオールによってネガティブフィードバックがかかるので)下垂体からのFSH/LH分泌が低下するわ。ホルモン環境が変化するんだよ。
- 脂肪細胞そのものが分泌する物質(アディポカイン)が関与しているっぽい。レプチンなんかは造精段階に直接作用してるっぽいし、他の物質は、精巣内で活性酸素種(ROS)を増やし、精子を壊しているっぽい。
という内容です。
4.2 Hormonal mechanisms and adipokines
- 内臓脂肪は他の部位の脂肪(管理人注:皮下脂肪など)よりも、より内分泌環境の変化、炎症性変化を引き起こしやすい。
- 特に肥満男性に多く存在する白色脂肪細胞はアロマターゼ活性が高く、脂肪が分泌する生理活性物質(ホルモンないしアディポカイン)が多い。
- 肥満男性では、エストロゲン↑、テストステロン↓、FSH↓となる。この、男性ホルモン低下と低ゴナドトロピン血症が肥満ないしメタボリック症候群の男性にEDないし造精機能障害を呈する原因となっている。
- このエストロゲン過剰は、白色脂肪細胞に高レベルで認められるアロマターゼの過剰活性が原因と考えられる。
- アロマターゼの活性が高すぎるので、アンドロゲンがエストロゲンに変化してしまうのだ。
- 結果、低ゴナドトロピン血性精巣機能低下症の状況を呈する。
- でも、このホルモン状態を補正しただけでは、精子の状況は完全には戻らないことも知られている。即ち、ホルモン以外の要素もあるようだ。
- それは、生活習慣とアディポカインなのだろうと考えられている。
- 脂肪が分泌するホルモンなりアディポカインは、摂食行動とエネルギーバランスのコントロール、インスリン感受性、糖質/脂質代謝、血管新生、凝固能、血圧などのホメオスターシスに関与していることが判明しているが、どうやらその中に「生殖能」も加わっているようだ。
- 例えば、「レプチン」は、視床下部に影響を及ぼし、結果アンドロゲン低下の原因の一因となっているであろう。
- またレプチン受容体は精巣内だけでなく、精子の膜にも存在することが知られていて、直接作用もあるようだ。
- 精巣内サイトカイン濃度上昇が造精機能低下や精巣腫瘍の発生への関与が示唆されている。
- 白色脂肪細胞からの過剰なアディポカイン分泌は精巣内炎症を惹起し、活性酸素種(ROS)・活性窒素種(RNS)を増やし、造精過程を阻害する。
- Wintersらは、肥満男性では、インヒビンB濃度が低下していることを指摘している。
- インヒビンB濃度は、セルトリ細胞数に比例することが知られているので、肥満男性ではセルトリ細胞数が減少している可能性がある。
- セルトリ細胞は造精過程に関与しているので、セルトリ細胞数の減少も肥満男性の精子数減少の要因なのかもしれない。
アディポカインは動脈硬化の原因となったり、インスリン抵抗性の原因となったり、メタボリック症候群絡みで注目を集めておりますが、これが精巣でも悪さをしているのだろう、というわけです。
アディポカイン!恐るべし!
4.3 Environmental toxins
- 多くの環境毒素は脂溶性なので、脂肪組織に蓄積する。
- 病的肥満の場合、陰嚢内脂肪も蓄積するので、そこに蓄積した環境毒素が直接造精機能障害を呈する可能性がある。
- 精巣/陰嚢に蓄積するもののみが生殖毒性を示すわけでは無く、他の部位に蓄積したものも内分泌毒性を示す可能性がある。
- いわゆる「環境ホルモン」である。
4.4 Physical mechanisms
- 肥満男性では、陰嚢に蓄積した脂肪により、精巣温度が上昇している可能性がある。
- また、日常生活での活動度が低いので、陰嚢内の熱がこもり易い可能性がある。
- 造精が正常に行われるには、夜間にテストステロンが上昇するという現象が必要と考えられているが、肥満に好発する睡眠時無呼吸症候群により、この現象が阻害されている可能性があり、そもそも低ゴナドトロピン/低アンドロゲンの内分泌環境に、さらに輪をかけている可能性がある。
とのことです。
こういった原因が積もり積もって「ED+精液所見悪化」を起こすのだろう、ということですね。
5.Are there solitions?
治療法についてです。
なお、日本では今日現在認可されていない薬物療法が記載されていますので、ご了承下さい。
5.1 lifestyle changes
- 正常なエネルギーバランスを達成するための食事療法/運動療法を行い、減量可能なように生活習慣を改める。
- それにより、性ホルモン/インスリン/レプチンの正常化が見込め、精液所見が改善することが知られている。
- また、減量により脂肪組織が減少すると、他の不妊に関与するアディポカインも正常化する。
5.2 Pharmacological interventions
- ゼニカル(管理人注:オルリスタットと言って、リパーゼ阻害剤です。)、メリディア(管理人注:シブトラミン、食欲抑制剤です。日本では治験中らしいです。)が比較的長期間の使用による有効性が示されており、FDA認可となっている。
- 特に内分泌環境が変化してしまっているケースでは、アロマターゼ阻害剤が選択肢となりうる。
- 新しい薬物療法の方向性として、テストステロン補充療法により、脂肪細胞分泌ホルモン(特にレプチン)をコントロールしようという発想がある。
- テストステロン補充療法によりレプチン濃度が低下することが知られているが、精液所見に与える影響は未知数である。
5.3 surgical options
- ARTは治療の選択肢となりうる。
- 陰嚢脂肪除去術の報告があり、妊娠率は約20%であったとの報告がある。(管理人注:管理人もこの論文読んでみました。1981年の論文ですが、結構侵襲の大きい手術のように感じました。実際の手術を拝見した事はありません。)
- Bariatric Surgery(管理人注:正確な日本語訳がわかりません。いわゆる「胃を縮めたり」「バイパスを作ったり」、消化管を手術でいじくって痩せる手術のことです。これも管理人は見たことがありません。母校(大学)の外科の教授に「効果てき面」という話を聞いたことがあるレベルです)が重度の肥満に用いられることがある。
まとめ
以上、「肥満と男性不妊」についての論文を見てきました。
「肥満」と聞くと「糖尿病/動脈硬化/痛風/高脂血症/肝機能障害/・・・・」などなどの内分泌/代謝性疾患をイメージなさると思うのですが、実は「男性不妊(性機能障害(ED)/精液所見異常)」もこういった関連疾患の一つなのです。
つまり、「メタボの合併症」の一つとして「男性不妊」が存在している、という構図なのですね。
不妊治療の現場では、精液検査結果のみで「IVF/ICSI」で解決しようとするシーンを多々見ます。
確かに「生殖」という面では時間が限られているのでそれもありなのでしょうが、お気づきの通り、完全に「対症療法」です。
全く「根治療法」にはなっていません。
つまり、
- 「精液所見が悪いです」「ICSIしましょう」
- =「お腹が痛いです」「痛み止め出しておきます」
- 「精液所見の悪い原因は何ですか?」「まあまあ。妊娠すればどーでもいいじゃないですか!」
=「お腹が痛い原因は何ですか?」「まあまあ。痛みがとれればどーでもいいじゃないですか!」
・・・いいんですかね?
不妊治療の現場には、他科にくらべお若い方がいらっしゃいます。
つまり、その方にとって「メタボの合併症」の初発症状が「不妊」である方もいらっしゃるわけです。
もしここでその方の意識が変えられたら、その方の「生命予後」を変えられる可能性があります。
ARTたけやって「はい。さようなら」では、多分、そのままズルズル行ってメタボ一直線。
大きな違いだと思いませんか?
大きなお世話ですかね?
不妊治療の現場は、実はメタボ患者さんのfirst visitの医療機関になっている可能性もあるわけです。
つまり、リプロダクティブ・ヘルスの管理方法次第で、目の前の方の「生命予後」を変化しうるわけです。
しかも、50歳、60歳の方が生活習慣を改めるのに比べたら、お若い分、ハードルは低く、効果的な可能性があります。
まして「父親/母親になろう!」という方々なわけですから、生まれ来る生命の命を背負う分、末永く健康でいていただきたいわけです。
もちろんそれだけではありませんが、意識高く「生活習慣の再確認」を行っていただきたいわけです。