PRL(3):無症候性高プロラクチン血症は治療すべきなのか?


症状が全く無いのに採血するとプロラクチンが高かった、という場合

そんなわけで、プロラクチンが高くて不妊になる理由はプロラクチンがKiss1ニューロンに働いて、低ゴナドトロピン血性卵巣機能低下症を引き起こすから月経不順/無月経/黄体機能不全になる、というのがその本体だ、とお話してきました。

一方で、
生理周期は至って順調、乳汁漏出も全くない、でも採血するとなぜかプロラクチンが高く出る
という方が確かに存在します。
本HPでは、このパターンを無症候性高プロラクチン血症と呼びます。

復習してみましょう。

の、「What cause Hyperprolactinemia?」の所にこうあります。

月経不順/無月経があったり、乳汁漏出があったり、夫婦間に高プロラクチン血症の伴う症状があり妊娠に至らない場合に、医師は血中プロラクチンを計測するよう指示することがあります。

なので僕的には、そもそもこの場合、無症状なのに「プロラクチンを採血している」という事実に「ちょっとまった」をかけたくなるわけですが、まあ、「スクリーニング」として採血項目に入っていたとして、それが高かった、ということになると思います。
では、この場合、どう対応するのがいいのでしょうか?
無症候性高プロラクチン血症も薬を飲んで下げたほうがいいのでしょうか?
ちゃんと論文があります。

この論文自体は2005年のもので、やや古いのですが良くまとめられています。
本ページではこの論文を解説してまいりたいと思います。
以下、太字の箇条書きのところが本論文の要旨、その下の部分が管理人の解説(感想)です。

Introduction(イントロダクション)

Prolactin(プロラクチン)

【Physiology of prolactin(プロラクチンの生理学)】

【Biological effects of prolactin(プロラクチンの生物学的効果)】

<<管理人考察>>

PRLを産生しているのは下垂体のみではなく、内膜では着床に関連しているようだ、黄体形成にも一役買っているようだ、ということは理解しておきましょう。
で、一言で『プロラクチン』と言っても、活性の高い形態もあれば、活性の低い形態もある、ということですね。
「リトル・プロラクチン」は働き者だけど、「ビッグ・プロラクチン」やら「ビッグ・ビッグ・プロラクチン」は、ズウタイ大きいのに働かない。
一口に「プロラクチン」と言っても、「活性の高いプロラクチン」もいれば、「活性の低いプロラクチン」もいる、というわけです。
一応、マニアックな所は、大分削ってあります。
この先の話につながる重要な点は、(当たり前ですが)プロラクチンは「悪のホルモン」ではなく、「必要なホルモン」
不妊がらみでは、黄体形成/機能にも、着床にも活躍するホルモン。
という点です。

Hyperprolactinaemia(高プロラクチン血症)

【Incidence and causes of hyperprolactinaemia(高プロラクチン血症の頻度と原因)】

【Possible effects of hyperprolactinaemia in women(高プロラクチン血症で起こりうること)】

【Indications for treatment and therapeutic options in hyperprolactinaemia(高プロラクチン血症の治療適応と治療法)】

<<管理人考察>>

ここでのポイントは、プロラクチンの分泌刺激には生理的なものと病的なものがあるということですね。
逆に言うと、プロラクチンが高かった場合、まず、その原因を考える必要があるというわけです。
果たしてその原因が生理的に当然起こりうるものなのか、あるいは、病的に起こっているものなのかを見極めないといけないということです。
(もっというと、本当に下げる必要があるのかどうか?をきちんと吟味する必要があるということです。)

例えば僕は、特に月経不順がない方がプロラクチンが高かった場合、まず、
「採血なさったとき、ひどく緊張したりしていませんでしたか?」
「凄く痛かったですか?」
と確認しています。
そう、プロラクチンが正常上限を上回った場合、僕がまず考えるのは、採血時に過剰なストレスがかかっていなかったか?ということです。
つまり、ストレスによる生理的上昇を否定することが重要だと思っています。
後は、ここにも出てきましたが、意外に多いのがピルですね。
向精神薬は当然だれでもチェックするわけですが、不妊治療の現場では、直前までピル飲んでいた、とか結構あるわけです。
これも眉唾なわけです。

・・・・、ま、この辺はあくまで「僕流」なんですけどね。

Macroprolactinaemia(マクロプロラクチン血症)

【Incidence and causes of macroprolactinaemia(マクロプロラクチン血症の頻度と原因)】

【Laboratory diagnosis of macroprolactinaemia(マクロプロラクチン血症の診断)】

【When are additional laboratory diagnostics indicated to exclude or to confirm macroprolactinaemia(マクロプロラクチン血症を診断/除外するための追加検査)】

<<管理人考察>>

一般の方にはきっとすっごく難しいですね。訳わからないのが普通だと思います。
この内容を噛み砕いて書くと、つまりは、

採血で計られた血中プロラクチン濃度は、実際のプロラクチンのホルモン活性を計っているわけではない!

ということです。
皆さんがホルモン採血してもらって出てきた「プロラクチン濃度」というのは、プロラクチンという蛋白質がいろんな形態をとっているのですが、それは無視している、という訳です。

ちなみに何の味付けもされていないプロラクチン(仮にfreeプロラクチンと名付けます)の生理学的活性を100とすると、糖化プロラクチン(プロラクチンに糖がくっついたもの)の活性は25~35だそうです。で、ここで言葉の出てきた「マクロプロラクチン」という形態になると、活性はほぼ0とされています。

で、要するに、皆さんが採血された「プロラクチン」というのは

「血中プロラクチン濃度」=freeプロラクチン+糖化プロラクチン+マクロプロラクチン+・・・

という風になっているわけです。
誤解を恐れずに言うと、生理学的活性は無視。ただ単に「蛋白質」としての濃度を計っているわけですね。
これが、僕が「血中プロラクチン濃度」が高いというだけで、即治療を始めてしまうのはどうなのよ?と言っている理由です。

難しかったですかね?一般の方は、ここまで理解してもらえれば十分だと思います。

★★★以下、オタクな人専用!★★★
最初にお断りしました通り、この論文は2005年のもので、少し古いです。
今の僕が承知している内容は以下なのですが、間違い等ございましたら御指摘下さい。

  1. 「マクロプロラクチン」という言葉はは、ある特定の化学的状態にあるプロラクチンを指示しているものではなくて、本当に言葉のまま、「分子量の大きなプロラクチン」の総称ですね。多分、現在の定義では、「分子量150 kDa以上」ということになろうかと思います。
  2. ある報告によると、「マクロプロラクチン」の87%がPRL-IgG複合体、67%がPRL-自己免疫性抗PRL抗体複合体とのことですので、逆に言うと、13%は「macroprolactin other than PRL-IgG complex」ということになりますね。「抗PRL自己抗体」と聞くと、何となく、「他の膠原病との合併は?」と考えたくなりますが、どうやら、そういうものではないようです。
  3. では、なぜPRLに対する自己抗体ができてしまうのかというと、これがよくわかっていないらしい。可能性として挙げられているのが「Posttranslational modifications such as phosphorylation of PRL」とのこと。つまりは、PRL蛋白に対するリン酸化等の化学的修飾の個人差によってPRLの立体構造に個人差があって、これが抗原性の差を生むのだろうということ。これを今回御紹介している論文では「遺伝的要因」と表現しているわけです。で、抗体結合部位にPRL受容体結合部位が含まれているのだろう、だから生理学的活性が出ないのだろうと言う訳です。
  4. ちなみに、IgG結合マクロプロラクチンでも、IgGから解離させるとfree PRLと同等の生物活性を示すそうです。で、大分子量によるクリアランス低下のため血中に蓄積される。なので、採血上はこれも検知してしまうため、「高プロラクチン血症」となってしまう。

ということですね。つまり、
本来は「free PRL」(というか、「PRL活性」)で物を論じなければいけないのに、現状は「total PRL」で物を論じているシーンが多い
というわけです。

「マクロプロラクチン血症なのかどうか?」はどう診断すればいいのか?という点も書かれていました。
それがPEG処理法だと書いてある訳です。
このPEG処理法、簡単です。
PEGとは、生物系やっている人にはおなじみ「ポリエチレングリコール」というもので、PEG処理をして遠心分離すると、マクロプロラクチンは沈殿してしまいます。
で、PEG処理後の上清のみのプロラクチン濃度を計ります。で、
「PEG処理後の上清のプロラクチン濃度」/「元々のプロラクチン濃度」=「プロラクチン回収率」
と定義して、これが40%以下だと、マクロプロラクチン血症で、40~60%だとマクロプロラクチン血症の可能性があると考えましょう、と書いてあるわけです。
(実際には、「プロラクチン回収率40%以下」かつ「PEG処理後プロラクチン濃度正常」が条件になります。)

何度か書きましたが、この論文は2005年のものです。
今日現在では、「マクロプロラクチンへの反応性が低いプロラクチン測定キット」というのも開発されていて、また、それ自体が測定キットの売りになっています。(ちなみにエクルーシス・プロラクチン3というのとケミルミACS・プロラクチンというのが有名です)
(僕自身が不勉強のため、おはずかしながらこれらのキットがなぜマクロプロラクチンを検出しないのかの機序は知りません!今度作っている会社の人に会う機会があったら教えてもらおうかと思っております!)
なので今日では「プロラクチン濃度」は何という会社の何というキットを使って計った結果なのか?というのがミソになっている、という現状なのです。

直近内容が難しくなりすぎました。反省しております。

Should hyperprolactinaemia in asymptomatic women during ovarian stimulation be treated?(無症候性高プロラクチン血症患者の排卵誘発時にプロラクチンは下げるべきか?)

<<管理人考察>>

とのことです。ややこしいですね。サマライズします。つまり、
月経周期が順調だけども採血するとプロラクチンが高い場合、マクロプロラクチン血症なのかどうかの検査をしなさい。その結果、マクロプロラクチン血症だったなら、プロラクチンは下げてはいけません。マクロプロラクチン血症でなかったら、下げたほうがいいのかそのままでいいのかのエビデンスはありません。
というわけですね。
そういうわけで、高プロラクチン血症がマクロプロラクチンによるものなら下げてはいけないと書いてあります。で、プロラクチンが高いからと言ってマクロプロラクチンを調べずにプロラクチンをいきなり下げてしまう医者が問題だ、と書いてあるわけです。

お断りしておきますが、僕が言っているわけではないですよ。僕を非難しないでくださいね。(笑)
誤解なきよう原文載せておきます。

よって、この論文によれば、
無症状の高プロラクチン血症は、マクロプロラクチン血症なら下げない、マクロプロラクチン血症でなければ下げたほうがいいのかどうかわかっていない。
が結論、ということになりそうです。そして何より、
有症状高プロラクチン血症(つまり乳汁漏出性無月経/月経不順がある場合)と、無症候性高プロラクチン血症を同等に扱ってはいけない
というわけです。

管理人まとめ

ということでまとめます。

「採血で血中プロラクチン値が高い」のと「プロラクチンのホルモン活性が高い」状態とは、必ずしもリンクしているわけではないわけです。
なので、「血中プロラクチン値は高い」けど「高プロラクチン血症の症状が無い」場合、つまり、症状と採血値が乖離している場合、すべきことは疑ってかかることなわけです。この時点でいきなり投薬してしまうのはどうか?と思うわけです。

何を疑うか?、まずは採血条件の再検討です。採血を失敗されたりしなかったか?(ストレス)、いつ採血したのか?食事の影響は?高蛋白食?など。で、こういった生理的反応性高プロラクチン血症(僕の造語)が疑われるなら、当然ながら再検査です。午前中に、空腹で、採血のストレスがかからないように注意して

で、次に、そういうことでマクロプロラクチンを疑うわけです。
測定したキットはどの会社のなんというキットだったのか?が大事な点は記載した通りです。
マクロプロラクチンを計測してしまうキットを使っているなら、PEG処理すればいいわけです。
以上が僕が、無症候性高プロラクチン血症はプロラクチンを下げない理由です。

この判断はこの論文を読んで結論したものです。
「我流」かもしれませんが、満更根拠がないわけではないんです。

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