抗精子抗体(精子不動化抗体)が陽性だったら

2014年12月記

「抗精子抗体」と「精子不動化抗体」

一般的に「抗精子抗体」という言葉がよく用いられています。
読んで字の如し。「精子に対する抗体」という意味です。
「精子」は女性にとってバリバリの「異物」ですよね。
そう考えると、女性が精子に暴露すれば、抗精子抗体が形成される方が、生体防御反応としては自然な話です。

歴史的に見ると、「不妊女性の血漿成分が、精子を凝集させることがある」という現象は1960年代には知られていたようです[1]。
ただし、この「女性の血漿成分が精子を凝集させる」という現象が、不妊女性に特異的に起こるわけではないことも指摘されています[2]。
未婚女性や妊婦さんでも普通に見られる現象だったとのことです。
すなわち、「精子を凝集させる現象」(=抗精子抗体)は、必ずしも不妊原因になるとは限らない、ということです。

抗精子抗体が不妊原因になるとすると、精子の女性生殖管内通過障害、卵子への結合障害、受精障害、胚の発育障害などの機序が考えられるわけですが、そんなわけで、単に「抗精子抗体」というだけでは、必ずしも不妊になるというわけではないわけです。
つまり、「抗精子抗体」にはいろんな種類があって(=何を抗原とするのか?がいろいろあって)、その抗体がどの程度生殖機能を邪魔するのかにもいろいろある、ということなわけです。
ほとんど生殖の邪魔をしない抗精子抗体もあれば、バリバリに生殖の邪魔をしてしまう抗精子抗体もある、ということです。

我々が知りたいのは、「バリバリに生殖の邪魔をしてしまう抗精子抗体」なわけです。
「抗精子抗体」の中でも、生殖の邪魔をしないものなら、特段問題にはならないわけです。

では、どうすれば、生殖の邪魔をしてしまう抗精子抗体、不妊原因となる抗精子抗体を抽出できるのか?という話になるわけです。
そこで出てきたのが「精子不動化抗体」なわけです。
抗精子抗体のうち、特に精子の動きを抑制してしまう抗体を抽出しよう、というわけです。
この「精子不動化抗体」は、不妊女性に特異的に検出されることが示されていて[2]、現在、「精子不動化抗体」を精子不動化試験(Sperm Immobilization Test; SIT)によって検出する方法が最も信頼のおける検査なのだろう、と考えられているようです[3]。

[1]Further studies on sperm-agglutinating antibody and unexplained infertility. JAMA 190: 682-683; 1964
[2]Further studies on sperm-immobilizing antibody found in sera of unexplained cases of sterility in women. Am J Obstet Gynecol 112: 199-207; 1972
[3]Diagnosis and treatment of immunologically infertile women with sperm-immobilizing antibodies in their sera. J Reprod Immunol 83: 139-144; 2009

精子不動化試験(Sperm immobilization Test; SIT)

そんなわけで、抗精子抗体は抗精子抗体なのですが、「精子の動きを止める」抗精子抗体を検出する必要があるわけです。
精子不動化抗体の検出法は、単に抗原-抗体反応を検出するわけではないので、話がちょっとだけややこしいです。

では、どのように検出しているのか?というと、この検査法が精子不動化試験(SIT)と呼ばれる方法です。

コントロールとして、精子不動化抗体を持っていないとわかっている女性の血液も用います。
で、患者さん v.s. コントロールで、精子の運動性がどうなるか?を比べっこするわけです。
1時間後、2時間後、3時間後と様子を見ていきます。

で、コントロールに比べて、50%以上の差が出たら(運動精子が50%以下になったら)精子不動化試験陽性と判定します。

この、「コントロールに比べてどのぐらい(何倍)精子の動きを抑制したか?」というのを精子不動化値(Sperm Immobilization Value; SIV)と言います。
つまり、SIVが2以上なら精子不動化試験陽性、すなわち、精子不動化抗体を持っている、と判定しよう、というわけです。

精子不動化抗体の「抗体価」~定量的SITによるSI50値の測定

精子不動化試験により、SIVが2以上であった、つまり、精子不動化抗体が陽性と判定された。
ここまでだと、「精子不動化抗体を持っているか否か」までしか行っていないわけです。
つまり、「どのように治療をしていったらいいのか?」の指針にまで達していないわけです。

同じ「精子不動化抗体を持っている」場合でも、とんでもなく「濃く」持っている場合と、「うす~く」持っている場合とで状況が違うことがわかっています。
また、この精子不動化抗体の「濃い/薄い」(抗体価)は、同じ方でも日によって変化していることが知られています。

では、精子不動化試験により精子不動化抗体を持っていると判定されたとして、その精子不動化抗体が「濃いのか薄いのか」(あるいはもしかしたら「強いのか弱いのか」というのもあるのかも知れません)をどうやって知ればいいのか?という話になるわけです。
それがSI50という数値になるわけです。

なにやら難しそうですが、単純です。
「血液を何倍に薄めたら、動きを止められていた精子の半分(50%)が動けるようになるか?」
です。
少し薄めれば精子が動けるようになるなら、精子不動化抗体は「薄い(あるいは弱い)」、沢山薄めなければ精子が動けるようにならないのなら、精子不動化抗体は「濃い(あるいは強い)」という話なわけです。

この後説明いたしますが、SI50値が10より高いか低いか(10倍希釈で動けなくなっていた精子の50%が動けるようになるかどうか)で治療方針が変わってきます

「高抗体価」「中抗体価」「低抗体価」により治療方針が変わってくる

そんなわけで、精子不動化抗体を持っていた場合には、

というのを表現するために、定量的SITによるSI50値というのを用いるのだ、というわけですね。

では、「濃い/薄い(あるいは強い/弱い)」でどのような治療方針をとるべきなのか?というのが、ちょっと古いのですが1990年のこちらの論文です。

以下論旨。

【研究背景】

【結果】

【考察】

とのことです。
このことより、現在、精子不動化抗体陽性の場合の治療法は以下のように考えられています(2014年刊「生殖医療の必修知識」p128)。

  1. 精子不動化抗体を検出した時点から一か月ごとに患者のSI50値を追跡し、3回以上の測定結果から治療方針を決定する。
  2. 低抗体価・中抗体価ではAIHまたは反復AIHを試みる価値があり、不成功の場合に限りIVF-ETの適応とする。
  3. 高抗体価では、反復AIHでも妊娠成立は極めて困難であり、最初からIVF-ETの適応としてよい。
  4. (AIHの治療成績は)通常のAIHよりも『反復AIH』の方が良好と考えられている。

精子不動化抗体(厳密には「抗精子抗体」ではない)をスクリーニングし、もし陽性なら、その抗体価を測り、どのように妊娠を目指すのか、を決定する必要がある、というわけです。

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