2014年9月記
僕らが日常臨床をしている時に、医者同志の会話で「血栓性素因」という言葉をよく使います。
医学書を紐解くと、「血栓症を引き起こしうる血液凝固系の危険因子のことを血栓性素因という」などと書いてあります。
ごくごく簡単にいうと、
「人より血が固まり易く、血管の中で血の塊(血栓)ができやすい状態」
といった感じでしょうか。
こう聞くと、糖尿病・高血圧・高脂血症などの動脈硬化性病変の進展を引き起こすもののイメージがあるかもしれません。
これらも広い意味では「血栓性素因」と言わなくもないようですが、一般的には「動脈硬化性病変などなくても血栓を形成し、くり返し起こしてくるような病態」を指すようです。
誤解を恐れず平易に表現してしまうと、「成人病などのバックグラウンド無しで、血管の中で血液が固まってしまいやすい状態」といったイメージです。
血管の中で血が固まる(血栓ができる)とすると、いくつか思いつくと思います。
心筋梗塞、狭心症、脳梗塞などなど。
で、この状態が「不育症」と関係しているのではないか?と考えられているわけですね。
で、この「血栓性素因」は大きく2つに分類すると理解しやすいと思います(僕がこう理解しているだけかもしれませんが)。
遺伝的要素で生まれながらに/体質として"血が固まりやすい"場合など。
- プロテインS欠乏症
- プロテインC欠乏症
- アンチトロンビンⅢ欠乏症
"生まれた後に"自己免疫が出来て"血が固まりやすい状態"になった場合など
- 抗リン脂質抗体症候群
- 第Ⅻ因子欠乏症(?)←抗第Ⅻ因子抗体??
要するに、「遺伝的に持って生まれた"体質"として血が固まりやすい」場合と、「自己抗体が形成されることによりバランスが崩れ血が固まりやすくなった」場合に分けると(僕個人的には)理解しやすいと思っています。
例えば日本人には多いことで有名な「プロテインS欠乏症」、血を固まりにくくするプロテインSという蛋白質の活性が遺伝的に弱いわけです。
この状態は常染色体優性遺伝で、つまり先祖代々受け継いでいるわけです。
今でこそ「血栓性素因」なんて聞くと、何やら悪さをされそうなイメージがありますが、人類の歴史を考えてみると、実は優良な遺伝形質だった可能性があります。
例えば出産。
今の世の中ならいざ知らず(いや、今の時代も十分大変なのですが(^^;・・・)、医療の発達していなかった時代には、「血が止まりやすい」方が明らかに生存に有利なわけです。
他にも、闘争で怪我をした場合なんかも同じですね。
ちなみに、草食動物は、人より何倍も血が固まりやすいそうです。
つまり、自然環境で生存競争を行っていくためには、「血が固まりやすい」というのは、それだけ生存可能性を高めるわけで、生き残るために非常に有利な形質なわけです。
で、歴史的には人類の寿命は短かったわけで、そもそも血栓症で生命を脅かされるような年齢までの寿命が無かったので、そういった環境下では「血栓性素因」は生存競争を勝ち抜くために有利だったとも考えられるわけです。
所が、科学/医療が発展し寿命が延びて来た。すると、"血が固まり易い"という形質の利点が、必ずしも利点ではなくなってきてしまった、というわけです。
で、「血栓性素因」、つまり、血管の中で血が固まって血栓ができやすい状態なわけですが、じゃあ、体の血管の中のどこかしこ自由に血栓ができるか?というとそうではないわけです。
「好発部位」と言って「体の中でも特に血栓ができやすい部分」というのがあります。
有名なのは、「エコノミークラス症候群」ですね。
血栓ができやすいのはなぜか「左足」と相場が決まっております。
(なぜ「右足」ではなく「左足」なのか?ご興味のある方はググってみてください。)
こんな感じで、体の中で「ここはできやすい」という部位が決まっております。
で、「胎盤」というのも「極めて血栓ができやすい」、つまり典型的な「好発部位」なのだろうと考えられています。
胎盤内は血液の流れが特に遅くなっていると考えられていて、血栓が非常に生じやすく、血栓が生じると、結果胎盤梗塞を引き起こし、流産や死産が起こるとされています。
また、そもそも女性は、妊娠すると、生理的反応として「血が固まり易く変化する」ことが知られています。
先ほどちょっと書いた通り、「お産」は「出血」が付きものですから、「血が固まりやすい」方が有利なのです。
よって、生体防御反応的に、自然に、皆さんも妊娠すると「血が固まり易く」なるのです。
(例えば、前出の「プロテインS」は、妊娠中は(プロテインS欠乏でなくても)皆さん低下します。)
よって、
血栓性素因×妊娠による生理的凝固能亢進=胎盤内血栓
というわけです。
以上の概念をごくごく簡単に図にしてみると、こんなイメージです。
(実際にはこんなに単純ではありませんが、理解はしやすいと思います。)
「血の固まり具合」というのは、これまた微妙なバランスの上に成り立っているわけです。
で、妊娠中は血液凝固能が亢進することが知られています。
イメージにすると、下の図のような感じ。
「妊娠」という「重り」が天秤に乗るイメージにしてみました。
通例は、「妊娠」という「重り」が乗っても、生理的範囲内で収まるわけです。
で、「血栓性素因」がある方が「妊娠」して胎盤内血栓が生じて「不育症」になるのでは?というのをイメージにするとこんな感じです。
「血栓性素因」+「妊娠」の「重り」で、天秤が振れ過ぎてしまうわけですね。
で、胎盤内で血栓ができてしまうのではなかろうか、というわけです。
ではどうすればいいか?というと、天秤のつり合いをとるために、反対側に「重り」を乗せよう、というわけです。
これが「抗凝固療法」ですね。
イメージにするとこんな感じです。
実際にはこんなに単純なものではありませんが(例えば、「ヘパリン」には抗凝固以外の作用もあるようです)、大雑把なイメージとしてはこんな感じでイメージすると掴みやすいと思います。
こんな感じで
「妊娠したらどのぐらい天秤が過凝固に振れてしまうのだろうか?」
「抗凝固療法をどの程度すれば天秤が生理的範囲内にとどまるのだろうか?」
という微妙なさじ加減が必要なのだろうと思います。
なので、
「○○の検査で引っかかったら、コレをやればいい」
といった単純化/マニュアル化がなかなか難しい分野なのだろうと思うのですね。