生殖をコントロールする闇の司令塔:Kiss1ニューロン


復習:精子/排卵は脳に司令塔があったのでした

さて、まずは、こちらの内容を復習しておいてください。

男性が精子を作ったり男性ホルモンを出したりするのも、女性に月経周期があったり排卵したりするのも、精巣/卵巣は完全に下働きをしているに過ぎず、全ての現象の「司令官」は、間脳視床下部にあるGnRHニューロンという神経細胞が行っているのでした。

ついでに、このGnRHニューロンは、Gn-RHという物質を使ってその命令を下流に伝えているのですが、その伝え方は間欠泉状に行われていて、これをパルス状分泌と呼ぶ、というところまでお話ししました。

さて、こうお話しするとGnRHニューロンが全てをコントロールしているように感じますが、実は最近、GnRHニューロンも所詮雇われ司令塔であることがわかってきました。
GnRHニューロンも、所詮は操られていたに過ぎなかったのです!
GnRHニューロンを陰で操る真の司令塔とは?
それがKiss1ニューロンという神経細胞です!

GnRHニューロンを司るKiss1ニューロン

図をお借りしてまいりました。Oakley AE et al. Endocr Rev 30(6), 2009です。
右下に緑で描かれているのが、GnRHニューロンで、その左に赤で書かれているのがKiss1ニューロンです。
どちらも神経細胞です。
Kiss1ニューロンは、図のように体のあらゆる情報を常時モニタリングしていて、その状態から
「今は生殖状態をどのようにコントロールするのがベストなのか?」
という判断を行っていると考えられています。
で、その判断した結果をもとに、下流であるGnRHニューロンに対し、
「今の状態なら、このぐらいの頻度・強さでGnRHをパルス状分泌しなさい!」
と命令しているというわけです。

ちなみにKiss1ニューロンがGnRHニューロンに命令を下すときに分泌する物質は「キスペプチン」と呼ばれています

そんなわけで、全てを司っているように見えたGnRHニューロンも、実は所詮傀儡にすぎず、真の「ラスボス」はこの「Kiss1ニューロン」と考えられています。
(このkiss1ニューロンと同様の働きをするニューロンの存在も言われているようですが、混乱するのでいでしょう。)

女性ではKiss1ニューロンは2か所にある。

さらに話を進めます。でも流石にここまでは難しすぎて不要な知識だと思いますので、余力がある方のみ付いてきてください。
えっと、女性では、卵巣に卵胞が育つとエストラジオール(E2)というホルモンが分泌されるのでした。
(右図でいうと、真ん中の下、Sex Steroids(E/P and T)のEがそれです。)

E2の濃度によって脳は、間接的に卵巣内の卵胞の大きさを推測し、状況判断をしているのでしたね。
で、この「状況判断」に、実は矛盾する現象があるのです。

E2が濃くなってきた、ということは、卵胞が育ってきた、ということです。よって
「卵胞を大きくせよ」
という命令はあまり要らなくなりますね。
すると、脳は下垂体からのFSH/LH分泌を減らします
これを「ネガティブ・フィードバック」と言います。

でも、E2がいよいよ濃くなってきて、排卵させる時期になったら、今度は
「排卵させよ」
という命令を下す必要があるわけです。
すると、脳は下垂体からFSH/LHを爆発的に分泌する(LHサージ)のでした。
これを「ポジティブ・フィードバック」と言います。
即ち、E2濃度の上昇に対し、普段はFSH/LHの分泌を減らすけど、ある一定のE2濃度になったら、今度は逆にFSH/LHの分泌を増やさなければいけないわけです。

この相反する現象を起こすために、生体は非常に周到なシステムを準備しております。
そう、図のごとく、Kiss1ニューロンを2種類用意しているわけです。

名前は覚える必要はありませんが、一応記載しておきます。
図のAruate(弓状核)というところにあるKiss1ニューロンは「ネガティブ・フィードバック」担当ニューロン
E2濃度が上昇してくると、自らがキスペプチンを分泌する頻度を減らす。
→GnRHニューロンがGnRHを分泌する頻度を減らす。
→下垂体がFSH/LHを分泌する頻度を減らす。
となり、ネガティブ・フィードバックの完成です。

一方、図のAVPV(前腹側室周囲核)というところにあるKiss1ニューロンは「ポジティブ・フィードバック」担当ニューロン
E2濃度が上昇し、いよいよ「排卵させる」と決断すると出番になる。
自らがキスペプチンを爆発的に分泌する。
→GnRHニューロンがGn-RHを爆発的に分泌する。
→下垂体がFSH/LHを爆発的に分泌する(LHサージ)。
→排卵する。

というわけです。
こんな風に、各々「ネガティブ・フィードバック」専用/「ポジティブ・フィードバック」専用のKiss1ニューロンを準備しているわけです。


この女性に備わっている素晴らしく美しいシステム、男性ではどうなっているのかというと・・・、男性ではLHサージに相当するポジティブ・フィードバックの現象は起こらないそうです。
図のAVPV(前腹側室周囲核)のKiss1ニューロンは、男性にもあることはあるらしいのですが、どうやら働かないように抑制されているようです。
なので、単純に(と言っても十分複雑なのですが)Aruate(弓状核)のKiss1ニューロンによるネガティブ・フィードバック系が存在するのみらしいです。

ここまでが理解できると、月経不順の考え方が変わる。

難しかったですね。
多分この辺が今の生殖内分泌学の最先端だと思います。
(僕が医学生の頃は、「Kiss1ニューロン」はまだ発見されてませんでした!キスペプチン遺伝子が1996年発見だそうです。)

でも、ここまでの生理学的現象が理解できると、僕が常々言っている

「女性の体は、順調な月経周期を刻むためのメカニズムが整っている筈である」

という発言の真意がご理解いただけるのではないでしょうか?

つまり、
月経周期は、「体調が悪いから」不順になるのではなく、「体調が悪い」事に正常に反応して、ワケあって不順な状態にしているのだ!
と、僕は考えているわけです。

何かしらの異常をKiss1ニューロンをはじめとした関与するシステムが察知した。
で、その危機的異常に対して、「自分の体を守るため」に備わった生体防御反応が正常に反応した結果、月経周期が乱れている。
なので、何かしら「体がSOSを発している」と考えて対処すべきだと僕は思うのです

つまり、「月経不順」という状態は、世間一般で思われているより、ずっとずっと深刻にとらえるべきだと僕は思うのです。
(この辺の詳細はまた別のページで)

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