2012/8
卵管留水腫とは、定義を読むと
「卵管末梢部の通過障害が生じた際に、卵管液が貯留し卵管が拡張すること」(生殖医療ガイドライン2007 p69-)
とあります。
僕らが、不妊治療(というか、婦人科一般診療)に当たらせていただいていると、超音波上、卵巣のそばに、まるでソーセージのようなものが見えることがあります。
超音波のみで確定はできないのですが、一般的に卵管留水腫というのは、こんな感じで見つかることが多いかと思います。
卵管の末端、一般的には「卵管采」と呼ばれている部分が「何らかのきっかけ」で通りにくくなった場合に発生するというわけですね。
「何らかのきっかけ」つまり原因は、いろいろです。
まず、有名なのがクラミジアなどに代表される感染症による骨盤腹膜炎の既往ですね。
ある論文(clin obstet gynecol 52(3) 344-)によりますと、骨盤腹膜炎を1度起こすと8%で、3度起こすと40%に卵管障害が起こるそうです。
他には、子宮内膜症の方、手術既往のある方(手術後の癒着)でしょうかね。
他には、「筋腫や卵巣嚢腫」で卵管が引き伸ばされて、なんて方もお見かけしますかね。
基本病態は「卵管采閉塞」、つまり「卵管閉塞」の一部ですから、何もしなければ、少なくとも病側では妊娠成立は難しい訳ですね。
じゃあ、体外受精すれば解決か?というと、ことはそう単純ではないんですね。
卵管留水腫がある方の場合、体外受精の成功率が明らかに低下していることがわかってます。
どのくらい下がるかというと、ざっと半分の成功率だそうです。
ちなみに、着床しても、流産率もざっと倍になるそうです。(J Gynecol Endosc Surg 1(1) 12-)
両側が留水腫だと、体外受精の成功率が1/3以下になってしまうそうです。(clin obstet gynecol 52(3) 344-)
で、卵管留水腫側の卵管を切除すると、この成功率が改善することがわかっています。
以上の原因は、卵管留水腫に溜まっている「水」が悪さをしているようです。
その機序全てが明らかになっているわけではないのですが、以下の理由が考えられています。
僕は昔、卵管留水腫がある方のARTは
「ET時、子宮内膜にエコーで『水』が見えたら凍結、見えなかったらET」
と教わったことがあるのですが、どうやらそんな単純なものではないようです。
「子宮内に『水』があろうがなかろうが、もう化学的に胚もダメになっちゃうし、内膜もイケてない」
ということですね。
通院中の方をたまたま診させていただいて、たまたま卵管留水腫を見つけることがあります。
結果、
「見つけてくださってありがとうございます」
「今まで何も言われたことがなかったのに」
みたいな感じになって、僕としてもちょっと鼻が高くなるようなことがあります。
でも、これ、実は本当に偶然なのです。
なぜかというと、
「卵管留水腫はいつも超音波で見える状態にあるとは限らない」
のです。
今まで、本当に見えていなかった、でも、今日、たまたま超音波で見える状態になっていた。
というだけなのですね。
そんな感じです。
もちろん、いつ見てもバリバリに見えている方もいらっしゃいますが、時々見えるという方も意外に多いです。
よく経験するのが、
「普段は超音波で全く見えていないが、排卵誘発してE2が1000位になってくるとだんだん出てくる」
パターンです。
(排卵周辺期に見つかり易いと思います。)
なぜ、排卵誘発時に留水腫が大きくなりやすいのか?この理由はよくわかっていないそうです。(J Gynecol Endosc Surg 1(1) 12-)
他にも、
「こりゃ、絶対あるだろ。」
という確信をもって、また次回エコーしてみると全然見当たらないなんてこともあります。
「あれ?あの時のは幻だったか?」
と思ってしまうのですが、このパターン、「隠れ留水腫」があるんでしょうね。
でも、超音波でなかなか見えてこないと、患者さんに手術なんか勧めようものなら
「え?何も見えないのになんで?」
となるわけです。
で、恐ろしいことに、こんなデーターがあるそうです。
だそうです。つまり
「卵管留水腫」のうち、超音波で見えるレベルのものは1/3しかない、2/3は「隠れ留水腫」
ということですね。
では、卵管留水腫が見つかった時に、どんな治療をすれば良いのでしょうか?
大きな流れは2つです。
で、「卵管温存」を選んでそのままARTに行くと、妊娠率が改善している保証が(今のところ)無い、「卵管切除/閉塞」を選ぶと、(原則)ART以外では永久不妊になる。
というわけで、究極の選択になるわけですね。
「生殖医療ガイドライン2007」には、治療の第一選択は腹腔鏡下卵管開口術と書いてあります。
他には、
「卵管水腫に対して手術療法を行う場合、卵管機能の回復が望めるかどうかが術式決定に重要となる。卵管水腫の術後妊娠率は低く、妊娠成立しても子宮外妊娠となる可能性が高いためARTが望ましく、さらにART前に卵管に対して適切な処置を行っておくことが勧められる。」(臨床婦人科産科 63(4) 503-)
とあります。
「機能回復を狙うべきか?切除/閉塞→ARTを考えるべきか?どちらを選ぶべきか?」
判断材料としては
などが挙げられているようです。
各々の言い分としては、ART推進派は
「温存術後妊娠率低いじゃないか。卵管采形成術で40%前後、卵管開口術:20~25%、しかも妊娠成立した場合の25~30%が子宮外妊娠なんだから、今の医学レベルではARTがいいんじゃないの?」
だそうです。一方、卵管温存派は
「高いし、何よりARTの安全性大丈夫なの?双子も作りまくりだし。自然に近い形の方がいいに決まってるじゃん。」
といった感じなのでしょう。
今回、僕が改めて調べた中で、明らかな判断基準を明示していたのは、
というものだけでした。
そういうわけで、いろんな因子を総合して、最終的には患者さんのご希望次第、ということになるのでしょう。
「卵管留水腫が存在すると、IVFの成績が悪い」というのが最初に報告されたのは1994年だそうです。
で、「卵管切除をすると、妊娠率が良くなる」というのが今の常識になっていると思います。
こんなデーターが出ています(日本産科婦人科学会誌 58(9) N347-)。
つまり、絶対に「毒水」を子宮に流し込まない処置が重要なわけです。
「毒水」を子宮に流し込まないのが大事なのはよくわかった。じゃあ、なんでこの先生たちは『卵管切除』じゃなくて、わざわざ『クリッピング+開口術』にしたんだろう?
といった疑問が残ります。
この先生たちの真意はわからないのですが、僕なりに考えてみると、この先生たちはこんな思いだったのかもしれない、という真意がなんとなくわかるような気がします。
おそらく、キーワードは「卵巣予備能」です。
コクランを読んでみると、ARTをするときの卵管留水腫の治療法の記載は2004年のものと2010年のものがあります。
で、2004年と2010年で微妙に書き方が変わっています。
【2004年】
体外受精に先立って、腹腔鏡下卵管切除術をすべきである。切除は留水腫側のみでよい。卵管開口術、卵管閉塞術、穿刺吸引についてはさらなる検討を要する。
【2010年】
体外受精に先立って、手術療法をすべきである。切除は留水腫側のみでよい。卵管閉塞術は卵管切除術とともに選択肢の一つとなった。穿刺吸引と、卵管温存療法は引き続き検討を要する。
本当に微妙な違いなのですが、2004年は「卵管切除」と言っているのに、2010年は「卵管切除でも卵管閉塞でもよい」となっています。
なぜ、こう微妙に変わっているか?
この間に
卵管切除すると、『毒水』が流れ込まなくなるのはいいが、卵巣予備能が低下するのではないか?
という疑問が呈されたようです。
つまり、卵管を切り取る時に、卵巣に流れる血液の流れが悪くなって卵巣予備能が低下するのでは?というわけです。
なるほど、もっともな考えです。
結論から申しますと、本日現在、
「いや、卵管切除しても卵巣予備能影響受けない」
とする意見と
「いやいや、やっぱり落ちるよ」
とする意見、両方あって、一定の見解には至っていないのですが、そういうわけで、
「『毒水』も流さず、卵巣予備能も低下させず」
ということで、「切除」ではなく「クリッピング」という考えが出てきたのでしょう。
なので、現在では「どちらでもよい」といった感じです。。
但し、
絶対に「毒水」を子宮に流し込まない
のは必要であって、今のところ、単に「穿刺吸引をしたもの」と「卵管形成をしたもの」はART時は推奨されてはいないようです。