排卵誘発剤としてのアロマターゼ阻害剤
2014年5月記
お断り
今日(2014年5月)現在、アロマターゼ阻害剤は排卵誘発剤としての効能は認可されておりません。
即ち、アロマターゼ阻害剤を排卵誘発目的に使用することは、完全に適応外使用です。
仮に実臨床上、排卵誘発剤として使用する医療機関があったとしたら、それは処方する医療機関(医師)の責任の上で、患者様との十分なインフォームドコンセントが形成され、両者合意の上で処方されている筈です。
よって当然ですが、本HPはアロマターゼ阻害剤の適応外使用による健康被害等に一切の責を負いません。
本HP記載内容はアロマターゼ阻害剤の排卵誘発剤としての利用を認める意図は全く無く、海外の医学雑誌に記載された内容の和訳・解説に過ぎないことを十分ご理解の上、お読みください。
バックグラウンド
アロマターゼ阻害剤を排卵誘発目的に使用する、というシーンがあるかと思います。
その処方を受ける際、他の薬とは違って、妙にしつっこくインフォームドコンセントをされたり、同意書を書かされたりすると思います。
逆に心配になってしまう位だと思います。
それはなぜか?というと、適応外使用だからです。
例えば、アロマターゼ阻害剤の添付文書には、以下のように記載されています。
- 「適応外ではあるが、海外において、妊娠前および妊娠中に本剤を投与された患者で奇形を有する児を出産したとの報告がある」
はい。その通りなんですね。
実は、アロマターゼ阻害剤は排卵誘発剤として、一騒動あったのです。
この「アロマターゼ阻害剤と先天奇形」の発表は、流石に不妊屋で知らない人はいないだろう、という位有名な出来事でした。
2005年のアメリカ生殖医学会の発表で、
です。
「レトロゾールで排卵誘発した場合、生まれた赤ちゃんの心奇形と四肢奇形が増える。」
という内容でした。
この結果を受けてとんでもない大騒ぎになり、カナダでは排卵誘発での使用禁止、製薬会社も「排卵誘発目的に使ってくれるな!」という通達を出したんですね。
この後、2008年ぐらいまででしょうか?「ありえない」「とんでもない」というレッテルが張られていましたが、その後検討されてきた結果、この発表自体は「母集団にバイアスがかかり過ぎていて問題」と評価されているようで、事実、この発表は今日現在も医学論文としては掲載されていないと思います。
また、再検討された研究では、どうやら先天奇形自体は増えない様で、自然発生とほぼ変わらないという意見が主流になりつつあるような感じです。
アロマターゼ阻害剤の排卵誘発剤としての使用の歴史には、こんな流れがありました。
こんなバックグラウンドをご理解いただいた上で、本ページでご紹介させていただく論文はこちら、
直訳すると、「排卵誘発剤としての"レトロゾール"を支持する最近のエビデンス」といった感じでしょうかね。
あんまり聞かない雑誌なのですが、どうやら、インドの生殖医学会の雑誌のようですね。
そのreviewとして「レトロゾール」についてまとまっている論文です。
Induction
- クロミフェンに対抗する排卵誘発剤の必要性については、1990年代より言われていた。
- クロミフェンはその抗エストロゲン作用により、子宮内膜、頸管粘液、あるいは、長期に渡る蓄積による(組織での)エストロゲン受容体の長期的な減少などの多くの問題がある。
- この結果、ホットフラッシュや更年期様症状まで引き起こすことがある。
- トロント総合病院の2人の医師は10年以上前にクロミフェンに対抗しうる排卵誘発剤として、アロマターゼ阻害剤がその候補として挙げられることを見出していた。
- 彼らは、4-ヒドロキシアンドロステネジオンという当時唯一知られていたアロマターゼ阻害剤を合成したが、これは残念ながら排卵誘発剤として使用できず、この案は廃案になっていた。
- 1998年に2人は、ノバルティス社が乳癌治療薬として開発したアロマターゼ阻害剤であるフェマーラ(レトロゾール)に目をつけ、これを排卵誘発剤として使用し、その論文を2000年に発表した。
- そして、その後の10年で、レトロゾールは排卵誘発剤として、広く認知されるようになった。
- 特に、クロミフェン抵抗性女性でのレトロゾールの効果は評価された。
- 所が2005年、アメリカ生殖医学会で、レトロゾールを排卵誘発剤として使用した結果、先天異常が増えるとの報告がなされた。
- 以降、レトロゾールの安全性についての再評価が、より大規模で検討された。
- その結果、レトロゾールは、排卵誘発剤として、少なくともクロミフェンと同等の効果があり、先天奇形についてもどうやら上昇しないようだということがわかってきた。
- しかしながら、全世界中で、レトロゾールを排卵誘発剤として認可している国はまだなく、ほとんどが「適応外使用」となっている。
- インドのような国では、閉経前の不妊女性への使用は禁止されている。
- この論文では、レトロゾールを排卵誘発剤として使用するエビデンスについて論じ、レトロゾールを排卵誘発剤として認めるべきである点について論じたい。
ということで、インドではレトロゾールは排卵誘発剤としては禁止になっているので、
「世界の実情はこうなってるのよ、だから、(インドでも)使えるようにして!」
という意図の論文なのですね。
Mechanism of Action of Letrozole and How It Is very different from CC(レトロゾールの作用機序)
- クロミフェンの問題点は、エストロゲン受容体を枯渇させ、累積し、半減期が長いことにある。
- 一方アロマターゼ阻害剤は卵胞や、抹消組織、脳などで、アンドロゲンからエストロゲンへの変換を阻害する。
- これにより、次の二つの機序が考えられる。
- 血中エストロゲンおよび局所エストロゲン濃度を低下させること
- 卵巣内アンドロゲン濃度を上昇させること
- エストロゲンが低下すれば、ネガティブフィードバックによりFSH分泌が上昇する。
- (クロミフェンと違い、フィードバック機構そのものに介入しているわけでは無いので)フィードバック機構は正常に働くので、主席卵胞の選択・他の小卵胞の閉鎖などが正常に起こり、よって単一卵胞発育が引き起こされる。
- 卵巣局所でのアンドロゲン上昇は、卵胞のFSHへの感受性増大に関係しているようである。
- どうやら、早期の卵胞発育において、アンドロゲンはFSH受容体とIGF-1を上昇させ、これらの働きにより、卵胞発育が促進されるようだ。
- まとめると、アロマターゼ阻害剤はクロミフェンに比べ、次のような利点がある。
- エストロゲン受容体を枯渇させない。視床下部-下垂体系に影響を及ぼさない。
- 作用時間が短い(半減期は45分)(管理人注:原文ままで訳しました。45min half-lifeとありますが、実際は45時間程度ですので、多分間違いだと思います)
- この薬理作用により、内膜、頸管粘液への影響を排除でき、単一卵胞発育となり、卵胞発育条件が良くなる。
ということで、レトロゾールの作用機序でした。
この辺は、本HPでも解説済ですので、ご確認ください。
です。
Review of Published Studies Using Letrozole for Ovulation Induction(レトロゾールによる排卵誘発のデーター
- 最初の「概念実証」以降、レトロゾールは多くの研究者や臨床医から様々な婦人科疾患での利用法が考案されてきた。
- 非常に広まっているが、その多くが「適応外使用」である。
- レトロゾールは排卵誘発以外にも、子宮内膜症、子宮腺筋症、子宮筋腫、子宮内膜間質肉腫、人工妊娠中絶などに使用されている。
- このreviewでは、レトロゾールによる排卵誘発に焦点を当てる。
- レトロゾールは以下の3状態で用いられている。
- PCOでの排卵誘発
- 人工授精時の排卵誘発
- 体外受精時の排卵誘発
【Letrozole in PCOS(PCOへの排卵誘発)】
- この内容に対する検討は広く行われており、大きく分けると、
- レトロゾール v.s. クロミフェン
- レトロゾール v.s. クロミフェン+メトホルミン
- レトロゾール v.s. LOD(腹腔鏡下焼灼術)
- レトロゾール v.s. アナストロゾール
がある。
- レトロゾール v.s. クロミフェン
- 対象患者が初回治療のもの、クロミフェン抵抗性のもの、両者混在しているものなどがあるが、レトロゾールはクロミフェンに対し、患者当たりの排卵率では勝っており、周期当たりでの排卵率に有意差はない。
- 患者当たりの妊娠率、流産率、出生率多胎妊娠率には有意差はない。
- レトロゾール v.s. クロミフェン+メトホルミン
- クロミフェン抵抗性患者を対象にした報告が一つだけあり、その結果では、周期あたりの排卵率、妊娠率、流産率、多胎率に有意差はなかった。
- レトロゾール v.s. LOD
- クロミフェン抵抗性PCOに対する検討報告が2編あり、同等の効果であった。
- LOD以上の効果があると断言するにはエビデンスレベルが低い
- レトロゾール v.s. アナストロゾール
- クロミフェン抵抗性PCOでの2つの検討結果が報告されている。
- Badawyらは、レトロゾール v.s. アナストロゾールで、有意差はないと報告した。
- Al-Omariらは、アナストロゾールに比べレトロゾールの方が排卵率、妊娠率が高かったと報告している。
- クロミフェン抵抗性PCOでレトロゾール v.s. プラセボという報告がある。この結果は、レトロゾール群の方が排卵率は高いが、妊娠率・出産率は有意差が無いというものである。この報告は、質は高いが、検討症例が少ない。
- PCOでの初回治療(管理人注:クロミフェン抵抗性PCOに限定していない)でのレトロゾール v.s. 他のアロマターゼ阻害剤(管理人注:基本的にアナストロゾールのことを指していると思われます)の報告は今のところ無い。
【Letrozole for OI for IUI(人工授精時の排卵誘発としてのレトロゾール)】
- レトロゾールは人工受精時の過排卵誘発としても使用されてきた。
- Abu Hashimらは、軽度子宮内膜症患者136人を対象にした、レトロゾール-人工授精 v.s. クロミフェン-人工授精を報告しており、臨床的妊娠率、累積妊娠率、流産率、出生率は同等であったと報告している。
- Badawyらは、原因不明不妊280組に対し、クロミフェン100mg-人工授精 v.s. レトロゾール5mg-人工授精で検討している。その結果も臨床成績は同等で、レトロゾールがクロミフェン以上の効果があるというわけでは無かった。
- ここ10年で、15件ほどのこうした報告があるが、大体レトロゾールとクロミフェンの効果は同等といった状況で、クロミフェン以上の効果があるというわけではなさそうである。
【Letrozole in Ovarian Stimulation for IVF/ICSI(ART時の排卵誘発としてのレトロゾール)】
- レトロゾールはART時の排卵誘発としても用いられてきた。
- そもそもの発想は低刺激周期での着床率が改善するのではないか?という考えのもとに使われてきた。
- ART周期では、主に2つの使われ方が報告されている。
である。
- 2012年までに7件の排卵誘発での検討がある。そのうち、2006年のVerpoestらの報告では、卵巣予備能が正常な例を対象に、排卵誘発時の検討が行われている。
- その結果、着床率、妊娠継続率は高かったが、有意差は無く、それは、検討症例数の少なさに起因する。(管理人注:この論文はアンタゴニスト法での誘発時にrFSHのみ v.s. レトロゾール+rFSHで検討しています。両方とも、検討症例が10人で、妊娠率が20%
v.s. 50%とかなので、確かに少なすぎますね。)
ということで、
クロミフェンと比べて、効果的に劣るということはなさそうだ、けど、勝っているか?と言われると微妙なところ。やや勝ちかな?
ぐらいのイメージなのでしょうね。
アナストロゾールというのは商品名「アリミデックス」という、別のアロマターゼ阻害剤ですね。
但し、作用機序は同じで、分類上も同じ「第三世代アロマターゼ阻害剤タイプ2」という分類に入るそうです。
同量だと、薬剤活性はレトロゾールの方が強いようです。また、製剤としても、レトロゾールは2.5mg錠で、アナストロゾールは1mg錠ですが、両者とも生体内でのアロマターゼ阻害効果は96%以上とのことです。
乳癌治療で求められる阻害効果が95%以上なのだそうで、両者ともかなり強力と言えるようです。
なので、多分どちらも同等の効果と考えてよさそうですが、レトロゾール v.s. アナストロゾールではここに記載されている通り両論あるようですね。
では、この使い分けは?というと、多分効果面では同等レベルなのでしょうね。
思い当たる節がありますが、まあ、公にするほどの話でもないので、触れないことにしておきましょう。
Luteal Phase Aromatase Inhibitors(黄体期での使用)
- レトロゾールを卵子提供プログラムの刺激周期の黄体期に使用した2つの報告がある。
- ともにエストラジオール低下に成功した。
つまりOHSS予防ということですね。
OHSSハイリスクでETキャンセルならエストロゲン下げられるよ、という意味です。
Letrozple for fertility preservation in cancer patients(担癌患者の妊孕能温存)
- レトロゾールは担癌患者が抗癌剤治療を受ける前に、受精卵なり卵子を凍結保存する際の排卵誘発に用いられている。
- レトロゾールを使用する利点は、エストロゲン暴露を低下させ、トリガーがGnRHアナログで可能である点にある。
- まとめると、担癌患者の化学療法前の妊孕能温存のためのレトロゾールの使用に関するいくつかのエビデンスはあるが、今のところ弱い。
よく言われるのが「乳癌」です。
- 「乳癌」の化学療法前に卵子凍結なり胚凍結をしておきましょう。
- でも、排卵誘発すると、エストロゲン上昇し、エストロゲン依存性腫瘍である乳癌に悪影響になるんじゃないの?
- じゃあ、エストロゲンが上がらない「アロマターゼ阻害剤」で誘発しましょうよ
という話なわけです。
非常に理にかなった考え方ですが、流石にまだその考えが科学的にも正しいのかの検証ができていない(追いついていない)というわけです。
でも、多分、もうこれは「がん-生殖医療(onco-fertility)」の世界では、普通に行われていることだと思います。
Letrozole and congenital anomary risk(レトロゾールと先天奇形)
- レトロゾールの排卵誘発剤としての使用に待ったがかかったのは、2005年のアメリカ生殖医学会での口演発表により、心奇形、四肢奇形が増えるとの報告がなされたためである。
- この発表は、レトロゾール使用群とコントロール群で年齢がマッチしていなかった(レトロゾール使用群の方が年齢が高い)という重大な欠点があり、この発表は結局査読のある雑誌で論文として発表はなされなかった。
- しかしながら、この口演を受けて、フェマーラの製薬会社であるノバルティス社は、フェマーラを閉経前女性に使用することを「禁忌」とした。
- これにより、世界中で、フェマーラが排卵誘発剤として使用中止となった。
- Togas Tulandi先生たちは、カナダでの多施設研究で、クロミフェンなりレトロゾールで生まれた911人の新生児を検討した。
- 514人がレトロゾールで、397人がクロミフェンで生まれている。
- 全先天奇形+染色体異常はレトロゾール群で2.4%(14/514)、クロミフェン群で4.8%(19/397)だった。
- 大きな先天奇形率はレトロゾール群1.2% v.s. クロミフェン群3%であった。
- 心奇形はレトロゾール群0.2% v.s. クロミフェン群1.8%で、クロミフェン群の方が有意に多かった。
- この結果から、彼らはレトロゾールで生まれた子供の先天異常率は、クロミフェンの場合と差はないと結論している。
- さらには、心奇形は逆に少ないのではないか?とすら結論している。
- 今のところ、最終結論には至っていないが、現存するデーターでは、クロミフェンと比較し、遜色なかろうと考えられている。
- 安全性については、確かに今後、より詳細に検討されねばならないが、レトロゾールはその検討を正式に受けるに値する。
最初に触れました通り、2005年のアメリカ生殖医学会(ASRM)の発表により、大騒ぎになりました。
この発表を受けて、製薬会社からは「禁忌」、国としても「禁忌」とするところもあり、(ちょっと正確ではないのですが、多分)2008年位の日本の生殖医学会の会場でも結構な議論になってました。
で、現在のこの2005年のASRMの発表の評価は、この論文にも書いてある通りで、かなり眉唾という論評をよく目にします。
が、じゃあ、安全性が宣言されているレベルか?というとまだそこまでは行っていないと思います。
そんなわけで現在でもバリバリの「off-label(適応外使用)」なので、皆さん同意書書かされるわけです。
でも、この論文でも少し触れられていますが、実は「クロミフェンの方がよっぽど怪しい」という意見も結構根強いです。
ということで、アロマターゼ阻害剤のまとめでした。
参考にしてください。