不妊治療におけるクロミフェンの使用法(アメリカ生殖医学会誌より)
Use of Clomiphene Citrate in infertile women
Fertility and Sterility(アメリカ生殖医学会誌)2013/8に「クロミフェン」のまとめが載っています。
リンクはこちら(PDFファイルです。リンク切れはご容赦下さい)。
この要旨をまとめてみようかと思います。
薬の用法・用量等は、あくまでアメリカの論文であることをご理解ください。
以下、太字がこの論文の論旨、普通の文字は管理人の注釈です。
Pharmacology(薬理学)
- 化学的に、クロミフェンは非ステロイド性トリフェニルエチレン誘導体で、エストロゲン作用と拮抗作用の両方を有する。
- 一般的に、エストロゲン作用は内因性エストロゲンが極めて低い場合にのみ認めらる。
- それ以外には、クロミフェンはエストロゲンの競合的拮抗作用を示す。
- クロミフェンは肝臓で代謝され、糞便中に排泄される。
- 投与量の85%は約6日で排出されるが、体内に残存する期間は長い。
- 現在製造されているクロミフェンはエンクロミフェン(enclomiphene)とズクロミフェン(zuclomiphene)という2つの幾何異性体の約3対2の混合物である。(管理人注:幾何異性体(いわゆるシス・トランス異性体)の混合物です。)
- エンクロミフェンはより力価が強く、クロミフェンの排卵誘発効果の主因と考えられている。
- エンクロミフェンは、投与後速やかに血中濃度が上昇し、その後速やかに排泄される。ズクロミフェンの代謝はもっとずっと遅く、一か月以上血液中に残存し、次の治療周期に蓄積する。但しこのことが臨床成績に何らかの影響を及ぼす、というエビデンスはない。
図をお借りして来ました(右)。
右上の方の「ベンゼン環」と「Cl」の位置が入れ替わっていますね。
これです。
で、この異性体間で活性/代謝が違う訳です。
よく「クロミフェンの半減期」という記載でクロミフェンを論じてあるのを見ることがあるのですが、そんなわけで異性体毎に半減期が違うので、注意が必要です。 |
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Mode of Action(作用機序)
- クロミフェンは、その構造がエストロゲンに似ているので、エストロゲン受容体に結合することができる。
- しかしながら、クロミフェンはエストロゲン以上に長い時間エストロゲン受容体に結合しているので、生理的に機能するエストロゲン受容体数が減る。
- この作用が視床下部で起こることで、クロミフェンの効果が得られる。
- 視床下部のエストロゲン受容体が枯渇することにより正確なエストロゲン濃度の把握ができなくなる。
- その結果、フィードバックシステムが作動し、視床下部からのGnRH分泌を刺激し、結果、下垂体からのゴナドトロピン分泌が増加し、最終的に排卵誘発効果が得られる。
- 排卵している女性では、クロミフェン療法により、GnRHパルスの頻度(回数)が増加する。
- PCOでは、そもそもGnRHパルス頻度は最初から異常に頻度増加しているので、クロミフェン療法により、それ以上パルス頻度が上昇するわけでは無く、パルスの強さが増す。
- クロミフェン療法中はFSH/LHの濃度が上昇し、5日間内服終了後、徐々に低下する。
- 治療が上手くいくと、いくつかの首席卵胞が現れる。
- 一般的には、最後のクロミフェンを内服後、5-12日でLHサージが起こる。
Indications(適応)
【Anovulatory Infertility:無排卵性不妊】
- 無排卵の原因には、PCO、肥満、視床下部性(摂食障害、体重減少、運動性ないしはストレス、高プロラクチン血症、下垂体腫瘍、甲状腺疾患)や原因不明の場合などがある。
- クロミフェンは、多くの無排卵/稀発排卵の不妊女性に第一選択として使用される。
- しかしながら、その作用機序から、クロミフェンは高度な低ゴナドトロピン血性性腺機能低下症(視床下部性無月経)では無効なことも多い。
- 他の内分泌代謝異常(糖尿病、甲状腺疾患、高プロラクチン血症、先天性副腎皮質過形成)がある場合には、まず、その原因疾患の治療が優先されるべきで、クロミフェンは、その治療を行っても排卵障害が改善しない場合に限って使用されるべきである。
- クロミフェンは、黄体機能異常の治療として使われているが、そもそも黄体機能異常の診断基準が今の所定まっていない。
- 無排卵性の不妊の場合のは、AIHがタイミングに比べて妊娠率が上昇するということはない。
【Unexplained Infertility:原因不明不妊】
- 原因不明不妊に対するクロミフェン-タイミング療法は効果がない。
- 1990年代には、原因不明不妊に対するクロミフェン-タイミング療法は有効である、という報告が見られていたが、その後1998年の報告では、クロミフェン-タイミング療法は何もしない場合とほぼ同等と報告された。
- 2008年の報告では、クロミフェン-hCG-タイミング療法と何もしない場合とで比較検討がなされている。その検討では、3個以上の卵胞発育が見られた場合、その周期はキャンセルになっている。その結果、クロミフェン使用群の方が妊娠率が低いという結果だった。
- 以上の理由から、原因不明不妊に対してのクロミフェン-タイミング療法は行われるべきではない。
- しかしながら、人工授精と併用する分には、クロミフェンは有効性が認められている。
- よりアグレッシブな治療(管理人注:基本的に体外を指していると思われます)の前に一般的に3周期程度行われている。
クロミフェンによる排卵誘発の目的には2つあるのでした。
一つは、卵胞発育障害がある方への排卵誘発として、もう一つは、原因不明不妊の卵胞発育数を増やす目的に使います。
で、各々分けて考えるのでした。
卵胞発育障害がある方への排卵誘発の場合はタイミングでもAIHでも同点(僕がクロミフェン-タイミングを許す唯一の例外)
原因不明不妊の卵胞発育数を増やす目的の場合はタイミングではダメ
特に、原因不明不妊の卵胞発育数を増やす目的の場合で、卵胞発育が1個か2個だと、タイミング療法では逆に妊娠率が落ちている可能性がある。何もしないほうがマシ。
というわけです。
Pretreatment Evaluation(治療前検査)
- 排卵障害の診断が確定したら、原因検索が必要である。
- 甲状腺機能、高プロラクチン血症などは、その原因疾患の治療の方が優先されるべきなので、クロミフェン投与前に検索を行う。
- 多毛は先天性副腎皮質過形成を、男性化はアンドロゲン産生腫瘍の検索を行う必要がある。
- POIの検索や、肥満のPCOの場合には耐糖能異常、あるいは糖尿病の検索も必要である。
- 高度の男性因子、子宮因子、卵管因子がある場合には、クロミフェンはほとんど意味がない。
- 骨盤内感染、手術既往、卵管留水腫など子宮-卵管因子の存在を疑わせる状態なら、子宮卵管造影を早々に行い卵管評価を行っておく必要があるが、そうでなければ、3-6周期の排卵誘発を先行させてからでもよい。
- 但し、35歳以上なら、妊孕能低下を考慮し、不要な治療期間を浪費することのないように、早期の評価が望ましい。
月経不順/無月経の場合、その原因検索は当然必要で、その結果、クロミフェン使用の適応がある場合、他の(特に卵管造影)不妊因子の検索はどうする?という話です。
・35歳以上あるいは、34歳以下で怪しい場合は即行う。
・34歳以下で、怪しくない場合はしばらく排卵誘発のみで妊娠するか様子を見てみてよい。
といった内容でした。
Treatment Regimens(投与法)
【Standard Therapy:標準投与法】
- 月経周期day2-5より5日間の経口投与(管理人注:あくまでもこの論文はアメリカのものです)
- day2からでも、day5からでも、内服開始時期による排卵率、妊娠率に大きな差はない。
- 排卵するのに必要な投与量は、基本的には体重により影響を受けるが、前もって投与量を予測する方法はない。
- 結局、個々に、排卵を起こす最低量を決めていくことになる。
- 典型的には、50mg/dayから始めて、排卵が起きないようなら、徐々に投与量を増やしていく。
- 50mg/day~250mg/dayが標準的な量だが、FDAは100mg/dayより多い量の使用は認可していない。
- 小柄な女性には、25mg/dayや12.5mg/dayなども考慮する価値がある。
- 52%が50mg/dayで排卵する。
- 50mg/dayで排卵しない場合、50mg/dayずつ使用量を増やすことで、100mg/dayで22%、150mg/dayで12%、200mg/dayで7%、250mg/dayで5%が排卵する。
- 無排卵周期女性がクロミフェンで排卵するようになり、3ヵ月での累積妊娠率は、50mg/dayの場合50%、100mg/dayの場合45%、150mg/dayの場合33%で、6ヵ月での累積妊娠率は、50mg/dayの場合62%、100mg/dayの場合66%、150mg/dayの場合38%であった。
- クロミフェンで排卵するようになった場合、妊娠成立しやすいのは最初の3~6周期で、6周期を超えての使用は基本的には推奨されない。
【Alternative Treatment Regimens:応用的処方】
- 標準投与(day2-5より5日間の経口投与)で効果が出ない場合、いくつかの応用的な投与法がある。
- 5日間投与を7-8日間に延長する方法を支持する報告がある。
- また、day14-21からもう一度、より高用量のクロミフェンを投与する方法もある。
御存知の通り、クロミフェンは頚管粘液/子宮内膜への悪影響があるので、少ないに越したことはないわけで、ギリギリのところを極めたい訳です。
Adjunctive Treatment Regimens(併用療法)
【Climiphene Citrate and Metformin:クロミフェン+メトホルミン療法】
- (PCO患者無条件での)クロミフェン v.s. クロミフェン+メトホルミンでは有意差は出ていない。
- 但し、対象を「クロミフェン抵抗性PCO」に限定すると排卵率/妊娠率が上昇する。
- クロミフェン抵抗性、または、直近挙児希望が無い場合のobese PCOでは、同時に体重減少を目的とした運動療法を考慮すべきかも知れない。
【Climiphene Citrate and Glucocorticoids:クロミフェン+ステロイド療法】
- クロミフェンにステロイドを加えて効果が出ることがある。
- クロミフェン V.S. クロミフェン+ステロイドの報告では、クロミフェン単独群で、排卵率14/22で、8人妊娠、クロミフェン+ステロイド群で、排卵率23/23で、17人妊娠というデーターがある。
- 特にDHEAS濃度が高値の場合、有効だったようだ。
- DHEAS正常クロミフェン抵抗性の患者での検討でも、排卵率・妊娠率が上昇したとの報告がある。
【Climiphene and Gonadotropins:クロミフェン+ゴナドトロピン療法】
- クロミフェン抵抗性の場合と原因不明不妊の場合、クロミフェン+ゴナドトロピン療法が有効な可能性がある。
- ゴナドトロピン単独療法と同程度の(高い)効果が得られた、とする報告もある。
- クロミフェン抵抗性無排卵女性の場合、単一卵胞発育を目指すべきである。なぜなら、IVF時の排卵誘発以外では無排卵女性に対しての過排卵誘発の適応はないからだ。
クロミフェン抵抗性患者には、このほかにも、アロマターゼ阻害剤・タモキシフェン・インスリン抵抗性改善剤・ゴナドトロピン療法・IVFがある。
ということで、クロミフェン抵抗性の場合の対応法例が書かれていました。
IVFでないなら、とにかくできるだけ単一卵胞発育。これ重要です。
「正常に排卵しているけど不妊」の方と「排卵してないので不妊」の方は全く状況が異なります。
Clomiphene Citrate Treatment Monitoring(クロミフェン療法中の検査)
- 原因不明不妊に対しての使用では、人工授精のタイミングを見極める必要がある。
- 人工授精のtriggerに関しては、hCG v.s. LHサージの検討がある。
- 妊娠率はhCGでtriggerをかけた場合、139/1461=9.5%、LHサージの場合、138/1162=11.9%で、hCGでtriggerをかけた方が低い。
- このため、LHサージの検出が困難な場合、信用できない場合にhCGを使用する。
- 過去には、遺残卵胞の腫大を除外するために、次の周期に入る前の検査が推奨されていたが、今はもう推奨されていない。
Side Effect of Clomiphene Citrate Therapy(副作用)
- 気分変動が最も多い副作用である(64-78%)
- 更年期様症状(ホットフラッシュ)も10%程度に見られる。
- 視覚障害が稀に起こる。
Risks and Complications of Clomiphene Citrate Therapy(リスク)
【Multiple Gestation:多胎妊娠】
- クロミフェン療法中は過排卵になり易く、多胎妊娠のリスクは無排卵に対する排卵誘発の場合約8%、原因不明不妊の場合は2.6%-7.4%である。
- 多胎妊娠の圧倒的多数は双胎で、品胎以上は稀だが、起こりうる(0.08%-1.1%)。
【Congenital Anomalies:先天奇形】
- クロミフェン療法により、先天奇形が増えるというエビデンスはない。
【Miscarriage:流産】
- 過去には、流産率の上昇が示唆されていた時期があったが、最近は、無排卵の場合でも、原因不明の場合でも流産率を上昇させるというエビデンスはなさそうである。
【Ovarian Hyperstimuration Syndrome:卵巣過剰刺激症候群】
- 軽度のOHSSは比較的起こりやすい。
- 高度のOHSSは稀である。
【Ovarian Cancer:卵巣癌】
- 治療を受ける患者は、今の所、排卵誘発剤と卵巣癌の因果関係ははっきりしていないとの説明を受けるべきである。
不妊治療中の患者さん達とお話をしていると、『双子への認識』が非常に甘いです。
まあ、当然と言えば当然なのかもしれませんね。
一般の方が目にする『双子』は、街中で元気に育っている『双子』(happy twin)なわけですから。
僕らの立場では、miserableな経過をたどった双子を嫌と言うほど経験してきています。
twinでなければレスキュー出来たかも、というシーンもいくらでもあるわけです。
なので、医者は、極力多胎妊娠を避けようとします。
ここでも出て来たとおり、同じクロミフェン療法でも、無排卵周期の方に使う場合と原因不明不妊の方に使う場合で、多胎妊娠率が違うことがわかります。
なぜこうなるのか?の考察も臨床上は重要です。
どんな理由が考えられるでしょうか?
そうすると、ご自身が多胎になり易い状態なのかなりにくい状態なのかがぼんやりとでも見えてくるわけです。
Summary/Conclusions(サマリー/結語)
- クロミフェンは多くの無排卵女性の排卵誘発の第一選択たりうる。
- 原因不明不妊では、クロミフェン-タイミング療法では妊娠率は上昇していない。クロミフェン-人工授精なら妊娠率は上昇している。
- クロミフェン療法の副作用は一般的には軽度である。多胎妊娠率の上昇がある。特に35歳以上の場合、3-4周期排卵誘発に成功しても妊娠成立しない場合、他の不妊原因を検索する必要がある。
- クロミフェン単独で排卵誘発が上手くいかなかった場合、クロミフェン+α(メトホルミン/ステロイド/hMG)が有効な可能性がある。
- クロミフェン療法中は、その排卵誘発効果を確認するために経過観察していく必要がある。
ということで、クロミフェンのまとめでした。
参考にしてください。