生薬論

2013年5~6月記

漢方療法は崇高な学問体系に基づき成り立っている

「生薬」と聞くと、「体によさそう」「優しそう」というイメージが湧くと思いますが、ご注意ください。
生薬というのは往々してに「植物毒」を利用しております。

例えば有名な「甘草」。マメ科のウラルカンゾウという植物から作られていますが、その有効成分(世間一般ではこの言葉が使われますが、「どくさま」流に言えば「植物毒成分」です)は、ご存じグリチルリチンですね。あの、甘草の甘さ(砂糖の30倍~50倍の甘さだそうです)の元です。

「グリチルリチン」は、僕ら生体のホルモン「ステロイド」の偽物です。(正式には「類似構造物質」)
だから甘草は生薬的には「ステロイド」と考えると大体その効果(薬効)がイメージできます。

では、なんで、ウラルカンゾウという植物は「グリチルリチン」をわざわざ作るのか?
まさか「ヒト」に薬を提供するためではないですよね。
そう、自分のために合成しているわけです。
植物として、自分の身を守るために。「捕食者を繁殖させないために」作っているわけです。
動物は自分を守るために逃げればいいわけですが、植物は逃げられません。なので「毒」を作って対抗するわけです。なので、「植物毒」なめたもんじゃありません。

「甘草」の副作用、有名ですよね。「偽性アルドステロン症」といいます。高血圧、低カリウム血症ですね。
なんで「偽性アルドステロン症」になるかというと、「グリチルリチン」が生体内で「ステロイド」のまねっこをするわけです。「コルチゾール」というステロイドのまねっこをします。
生体は「グリチルリチン」を「コルチゾール」と同じように分解しようとします。でも、偽物なので、上手に分解できません。
そうこうしているうちに、本業の「コルチゾール」の分解がおろそかになります。すると、「コルチゾール」がいつまでも分解されなくなって、ホメオスタシスが崩れるわけです。

「コルチゾール」が、腎臓(尿細管)で、本来尿に捨てるべき「水」と「ナトリウム」を吸収し、本来体に残すべき「カリウム」を捨ててしまいます。

「水」が体の中にバンバンたまるので「高血圧」の出来上がりです。

こんな感じで生体のホメオスタシスを崩します。
つまりそもそも「植物毒」なわけです。

で、「漢方医」はこの毒性を逆手にとって、非常に上手に使って「薬」として使用しているわけです。
ここが漢方医の漢方医たる意味合い、能力なわけです。

有能な漢方医はそもそも「甘草」を「水滞(水毒)」にはまず使わないはずです(あるいは、甘草に拮抗する成分を同時に使う)。
(僕は漢方医ではないので、この辺のイメージがよくわからないのですが)「甘草」は「火を消す」というか「渇きを潤す」というか「怒っているところをなだめる」というか、多分そんなイメージだと思います。
もちろん、歴史的に「グリチルリチン」だの「偽性アルドステロン」だの、それこそ「ステロイド」すら知られていない時代から、賢い先人先生たちが、ちゃんと「甘草」の効果を見抜いて「こういう時に使うんだ」というさじ加減を見極めているわけです。

例えば、婦人科で「水滞」によく使われる「当帰芍薬散」には、「甘草」は入っていないはずです。

「甘草」の副作用の「偽性アルドステロン症」という言い方をしましたが、そういうわけで、優秀な漢方医は「偽性アルドステロン症」を起こしそうな人にそもそも「甘草」を出さないわけです。
「芍薬甘草湯」は「頓服」で出すわけです。
そういう「禁忌」を侵さない「学問体系」がきちんとあるわけです。

そういうわけで「生薬」は、基本、「植物毒の有効利用」だと思っています。一歩間違えば「毒」です。
優秀な漢方専門家が上手に使うから「薬」なわけです。
「体に優しそう」
「体質改善のため」
という発想で漢方を使うのはそういうわけで違うと思っているわけです。

植物エストロゲンと羊のクローバー病

地球ができて46億年、自然界というのは弱肉強食で、弱者はあっという間に淘汰され絶滅し、その環境中で生存しうるのに有利な条件を整えたもののみが生き残れるようになっていると考えられているわけですね。
つまり、現在の自然界で生き残っている生物はかなり強かで曲者なはずです。
他の生物の生存を利するのみ、そんな甘っちょろい生物があったらとっくに淘汰されている、ということです。

ご存じの通り、他の生物の生存に利する場合は、己の生存も担保してもらっているわけです。
例えば果実。甘くておいしい実を他の生物に提供するのは、ご存じの通り、種を遠方に移動してもらうのが主目的ですね。

さて、僕は産婦人科医ですので、ここからは、それに特化した内容を論じてみたいと思います。
先日、知り合いの女性(二人目不妊)から
「やっぱり、イソフラボンがいいんですか?」
と聞かれました(実話)。
見事に「善玉」的イメージが出来上がっていますね。
やっぱマスゴミのパワーって凄いねぇ。

さて、本題。
羊の「クローバー病」というのをご存じでしょうか?
1940年ごろに、オーストラリア西部で健康そのものだった羊が不妊になり、流産しやすくなる、という現象が起きたそうです。
その原因が、牧草としてヨーロッパから持ち込まれたクローバーであることが判明しました。
そのクローバーには「フォルモノネチン」という植物エストロゲンが多量に含まれており、この植物エストロゲンが羊の体内で「エストロゲン類似作用」をし、内分泌かく乱が起きたため、と判明したそうです。

クローバーにとってみれば、羊は、自らを滅ぼす「天敵」なわけですね。クローバー自らが繁栄するためには、草食動物の存在は脅威なわけです。そこで、植物エストロゲンという「毒」を盛って、羊を不妊にして、天敵の数を減らそう、というわけです。

そういう訳で、植物エストロゲンは当然、典型的な「植物毒」な訳です。
ちなみに羊さん達を不妊にしたレッドクローバーは、更年期障害、豊胸などのサプリメントとして売られています。

植物エストロゲンでもっとも有名なのが、「イソフラボン」ですね。商売根性丸出しのサプリメント屋が広告しまくり、大量摂取が推奨されるかのような風潮にあったため、危機感を持った内閣府食品安全委員会が2006年から過剰摂取に対する警告を行っています。
「内閣府食品安全委員会+イソフラボン」で検索してみて下さい。
そこでは、安全な一日摂取量の上限が70~75mg、サプリメントでの上乗せは30mgまで、とされています。
(これがまた「サプリメント屋」に「上限上回っていないので大丈夫!」という口実を与えている訳ですが。)

そういう訳で植物エストロゲンも所詮は「植物毒」。上手に使えば美容、更年期障害などに有効に使えますが、紙一重で「内分泌かく乱物質」です
特に専門家のチェック無しで手に入ってしまうサプリメントレベルは注意が必要です。
ちょっと検索すると、小奇麗なタレントさんが推奨していたり、
「♪イソフラボンボンボン~」
とか、妙な歌が流されていましたが。
銭儲け主義の方々のイメージ戦略に洗脳されていませんか?
皆さんが「羊さん」になっていないことを願っております。

「虚証に補法、実証に瀉法」

サプリメントの話が出て来たので、少し寄り道のお話。

病み上がりでガリガリにやせ細っている人に
「栄養採らなきゃね!」
と励ますのは自然ですよね。
一方で、メタボでプクプクにお太りの人に
「栄養採らなきゃね!」
といいますか?
言わないですよね。逆に病気になってしまいます。

そういうことなんです。
漢方治療には「補法」「瀉法」という分類があります。
「補法」は漢字のイメージで何となくわかりますね。補うわけです。足す
「瀉法」は難しい感じ漢字ですが「しゃほう」と読みます。「瀉」という漢字の意味を調べてもらうとわかるのですが、体の外に出す、ということです。つまり引く
漢方では、不足している人には「補法」で、多すぎる人には「瀉法」で治療をするわけです
「不足している」状態を「虚」、「多すぎる」状態を「実」と表現するようです。まとめると、

で治療するわけです。
実証に補法は(原則)行わないわけです。
例えば「補中益気湯」。どんな人に使えばいいかイメージ何となく付きますよね。
「竜胆瀉肝湯」なんてどうですか。名前からして「出しちゃいたい!」って感じが漂ってきます。

この考えで行くと、サプリメントは「補法」ですね。Supplement(補う)わけですから。
「虚」に対するサプリメントはOKですよね。
「実」に対するサプリメントは行わないわけです。
メタボでプクプクの人に「栄養採らなきゃ!」とはならないわけです。

お使いのサプリメント、きちんと「虚証に補法」になっていますか?「実証に補法」になっていませんか?
再点検してみてください。

「植物エストロゲン」は必ずしもエストロゲン作用を示すわけでは無い

「植物エストロゲン」と聞くと、いかにも「エストロゲン」と同じような働きをしそうですよね。
ところがどっこい、ちょっと違うんです。

えっと、まず、更年期障害の有害症状を緩和するというのは有名ですよね。
閉経によりエストロゲン欠落症状を引き起こすので、この状態で植物エストロゲンを摂取すると、これがあたかもエストロゲンと同じように働いて、症状が軽くなる。
このシーンは「植物エストロゲン」が「エストロゲン様作用」をしているので理解しやすいですね。

閉経後にエストロゲンが出なくなると骨粗鬆症を起こしやすくなるので、「植物エストロゲン」の「エストロゲン様作用」を期待して、閉経後骨粗鬆症を予防できないか?という発想。
これも「植物エストロゲン」を「エストロゲンと同じ作用」を期待しての考えです。

同様に大豆製品を多く摂取する男性は、前立腺癌の発生頻度が低下することも知られています。
これも、「植物エストロゲン」の「エストロゲン活性」を利用した発想です。

では、このシーンはどうでしょう。
エストロゲンは乳癌の発生増殖を促進することが知られています。
実際に、大豆イソフラボンはエストロゲン依存性乳がんの増殖を促進する可能性が指摘されているそうです。
これも、「植物エストロゲン」の「エストロゲン活性」で理解できますね。
ところが、有経女性(月経がある女性)では、植物エストロゲンは乳がんの予防効果が示唆されています
どうです?これ、一見矛盾しているように感じませんか?
エストロゲンは乳癌の発生増殖を促進する。
さらに植物エストロゲンが加わると、もっと悪くなりそうですよね。
ところがそうじゃないというのです。

実は、この現象、「競合的拮抗作用(competitive antagonist)」という説明で解決できるそうです。

「エストロゲン」というホルモンの様々な作用は、「エストロゲン受容体」というものにくっ付くことによって発揮されます。
よく、鍵と鍵穴の関係にたとえられます。
エストロゲンが鍵、受容体が鍵穴ですね。
「植物エストロゲン」も「エストロゲン受容体」にくっ付くのですが、所詮偽物なので、その作用は本物のエストロゲンに比べると弱いのだろうと考えられているわけです。

本物のエストロゲンが少ない状態(閉経後とか男性とか)では、偽物の「植物エストロゲン」は「エストロゲン受容体」に独占的にくっ付くことができるので、弱いながらも「エストロゲン様作用」を起こすことができるわけです。

ところが、本物のエストロゲンがたんまりある場合はどうでしょう?
本来は、正規の「エストロゲン」が「エストロゲン受容体」を独占したいわけですが、そこに偽物の「植物エストロゲン」が来ると、一部の「エストロゲン受容体」を、この偽物が占拠してしまいますね。
ちょうど「椅子取りゲーム」状態です。
本当は本物の「エストロゲン」が全員座れるだけの椅子が用意されていたのに、偽物の「植物エストロゲン」が先に座ってしまうわけです。
本物の「エストロゲン」が溢れて座れなくなってしまいます
かつ、この座った偽物の「植物エストロゲン」は、本物の「エストロゲン」ほどのパワーはありません。
なので、全体として考えると、本物の「エストロゲン」がすべて占拠した場合に比べると、エストロゲン様作用は弱くなるわけです。

よって、本物の「エストロゲン」がいなければ、偽物の「植物エストロゲン」はエストロゲン様作用を発揮するのですが、そもそも本物の「エストロゲン」がいると、逆にその本物の「エストロゲン」の働きの邪魔をしてしまうわけです。

なので、閉経女性や男性では、エストロゲンが少ないので、「植物エストロゲン」は「エストロゲン様作用」を発揮し、逆に有経女性では、自分の卵巣が出している本物の「エストロゲン」の作用を弱めることになるわけです。

これ以外にもいくつかの機序が考えられているようですが、もっとも理解がしやすいでしょう。

よって、使われるシーンによって「エストロゲン様作用」になったり、「抗エストロゲン様作用」になったりするわけです。
欧米人に比べ日本人は乳がんの発生率が低い、などの人種差の話を耳にしたことがありますよね。
もちろん、遺伝子レベルでの要素もあるでしょうが、食習慣の関与も大きいものでしょう。
ミソ、醤油、豆腐など習慣的に食べている点などが、病気の発症率をも変化させている可能性があるわけです。
もっとも乳癌は、日本でも増加傾向だそうですが。

皆さんが今、植物エストロゲンを摂取したら「エストロゲン様作用」になりますか?「抗エストロゲン様作用」になりますか?
30年後はどちらになっていますか?

「女性ホルモン作用で、艶やかに!」
閉経後ならそうなるかもしれませんが・・・・。

植物エストロゲンも上手に使うと・・・・????

では、皆様待望?のデーターへ。
えっと、リンクはこちら。

内容は、というと、クロミフェンの排卵誘発時に、同時に「植物エストロゲン」を飲んでみた、という話です。

ということです。
で、

そうです。

このドイツのサプリ、「ブラックコホシュ」という植物の根っこから作られているそうで、北米の先住民たちが古くから民間療法に用いてきたハーブの一つだそうです。
もちろん更年期障害とバストアップ目的だそうです。
この論文では「植物エストロゲン」と断定しておりますが、エストロゲン様物質は存在しないのでは?という意見もあり、よくわかっていないそうです。(←ちなみに、漢方薬も同じような状況のものがたくさんあります。「これは植物エストロゲンの効果だろ?」「いや、エストロゲン様物質は存在しないのでは?」といった感じ)
この論文を書いた先生たちの言い分は、

といった感じです。
で、この先生たちは、

と、強気です。

そんなわけで・・・

ということで、
「クロミフェンの内膜/頸管粘液毒性を植物エストロゲンで中和して、クロミフェンの排卵誘発効果のみをうまく使おう」
という発想と解釈してよさそうですね。

なるほどなるほど、うまいこと考えるではないですか。
なかなか面白い発想です。

で、出て来た「ブラックコホシュ」、そんなわけで、エストロゲン様物質があるともないとも言われており、本当に「植物エストロゲン」が含まれているのかどうかはよくわかっていないようです。
まあ、そもそも、この辺の研究はめちゃめちゃ難しいんでしょう。
植物そのもののエキスを培養細胞の培地(培養液)に混ぜて議論したって、「生体内での代謝」がまったく考慮されていないわけですから。
生体内で代謝された結果、生物学的活性が出てくる物質なんていっぱいありますしね。
(生物学系やっている人は、これを「in vitro」と「in vivo」の違いと表現します。)

この「ブラックコホシュ」、サプリメントとして手に入るようですが、厚生労働省が注意喚起を出しています。えっと、こちら。

うーん。使いづらいなぁ。
そういえば、漢方系も「植物エストロゲン活性がある/ない」よくやってるなぁ・・・・。
どれどれ・・・・。

ん?!、これもPCOに対する
「クロミフェン単独 v.s. クロミフェン+漢方」
について書いてあるぞ・・・・。
「クロミフェン+漢方」の方がいいのか・・・。
どこかの話と似ているなぁ・・・・。
待てよ?ということは・・・・・。

はいっ!ここから先は有料です!
(・・・嘘です(笑)、この先はまだ僕のアイデアの域を出ていないので、もう少しお勉強してからのお話です。気長にお待ちください。)

以上の記述、効果の有無は知りません。全く責任持ちません。信じる信じないは自己責任ですよ!自己責任!

豆知識:ちなみに有名な「ざくろ」も今のところ「エストロゲン活性」は証明されていないそうです。

そんな感じで、「生薬論」一旦おしまい。
また何か面白そうなネタ出てきたら書きますね。

あ、最後に大事なこと。
そんなわけで生薬、多分全然体に優しくないです。
「何となくよさそうだから」とか「体質改善」とか、そんな甘っちょろいイメージレベルでとらえるものではないような気がしてます。
ちゃんと「証」を診られる人から、そもそも本当に必要なのか?を判断してもらってから始めるべきではないでしょうか?
「サプリメント」はもっと注意すべきだと思います。

ではでは。

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