汝、そのAMH測るなかれ(1):何がAMHを分泌しているのか?

2015年8月記

「AMHが低いと言われ、体外しかないと言われちゃいました!(涙)」

半ばパニックになって、「藁にも縋る」状態になって、駆け込んでくる方がいます。
そんな方を、
「まあ。まあ。」
となだめ、超音波を拝見すると、思いもよらぬほど沢山の胞状卵胞が見えることもしばしばです。

従来用いられていたFSHや胞状卵胞カウント(antral follicle count;AFC)などの「卵巣予備能」の評価法に比べ、AMH値が患者さんに与えるインパクトが非常に強いことは僕も気が付いていました。
で、その数字を見させられた結果、(本当は追い込まれる必要がないのに)精神的に追い込まれて、財布の紐を緩めてしまう患者さんも数多くいるのも事実です。

AMHはその性質をきちんと理解し、上手に使うと非常に有力な検査です。
しかしながら一方で非常に癖のある検査です。
その生理学的特徴をよくよく理解して上手に使わないと、誤解を生む検査です。
(あまり大きな声では言えませんが、正直、)弱った子羊ちゃんに高い壺を買わせるには絶好の検査とも言えます。

少なくとも以下のことは言えます。

以上、本HPでじっくりと解説していきます。

そして、誰彼かまわず、とりあえずAMHを全員に採血してしまう「AMH検診」は、単なるover-diagnosisを誘導しているに過ぎない懸念があり、患者様の不安を無駄に煽っているに過ぎない可能性がある、と僕は考えています。

卵巣予備能という考え方

まず、「卵巣予備能」という言葉を理解しておきたいのです、が、実はなんと「卵巣予備能」という用語の正式な定義は、今日現在無いんですね。

でも、この世界では非常に広く使われている言葉なわけで、普通は

という意味で用いられています。

卵子(原始卵胞)は、その女性が、お母様のお腹の中で全てが作られきって、もうそれからは作られなかろうと考えられています。
つまり、おぎゃーと生まれたときにはすでにその女性の卵巣の中にある卵子(原始卵胞)の数は決定されているということです。
とはいっても,その数は生まれた時で約200万個位と考えられています。
女性が生涯で排卵する総卵子数はざっと400から500個ですから、実際に排卵される数を大きく上回るわけです。
予備は山ほどあるということですね。
で、皆さんが思春期を迎えたころには、この「卵子貯金」は、ざっと10-30万個になっているそうです。

で、ここから、毎月切り崩して使っていくわけですね。
毎月の排卵が一個だからと言って、切り崩すのも一個というわけではないですよ。
たくさんの卵子を切り崩して一気に発育させる(1000個位らしいです)。
そのなかで、生存競争をさせる。
弱肉強食の世界(実際食べちゃうわけではないですが)。
そして、最後に勝ち残った一個が、今月排卵の一個になっている。
(但し、この排卵する一個が最も性能がいいのかどうかは?です。「いい」と言っている人もいますが、今のところ証明はされていないと思います。)

切り崩されなかった「卵巣内に残された原始卵胞(「卵子貯金」)」が残りますね。
で、

これが、普通使われている意味での卵巣予備能です。

では、皆さんは、ご自身の今日の「卵巣予備能」(=すなわち、卵巣内に残っている卵子数(正確には卵胞数))わかりますか?
何個ですか?

普通はわかりませんよね。
Changらの論文1)にはこんな風に書いてあります。

postmortemは「死後の」という意味です。
すなわち、正確な卵巣予備能は、死んだあと、解剖して初めてわかるものだというわけです。
つまり、正確な卵巣予備能は、今日でもまだわからないんですね。
(先に答えを言ってしまうと、抗ミューラー管ホルモン(AMH)も正確な卵巣予備能(=総卵胞数)を測っているわけではありません。) 

1)Chang HJ et al.:Impact of laparoscopic cystectomy on ovarian reserve: serial changes of serum anti-Müllerian hormone levels. Fertil Steril 2010; 94: 343-349.

卵胞の発達

で、

と書きましたが、
「じゃ、何を測ってるんだ?」
となるわけで、それを解説してみます。

AMHは何を測っているのか?を理解するためには、「卵胞の発達」を理解する必要があります。
さて、

というわけで、胞状卵胞→排卵までが月経周期が順調なら14日ぐらいなわけですね。
では、この排卵する卵胞は、いつから排卵に向けた「準備」をしていたのでしょうか?

皆さんの卵巣には生まれてからずっと「卵子」が冬眠状態で待っているわけですね。
(ちなみにその卵子の総数が卵巣予備能でした)
その冬眠状態の「卵子」は、いつ冬眠から目覚めて、今日の「排卵する一個」になる準備を始めるのでしょうか?

これは、不妊屋ならさすがに見たことがない奴はいなかろう、というこの分野では超有名な論文(というか「図」)があります。

の図です。

で、

に相当するのが、この絵でいうと⑤のところに相当します。
つまり、僕らが普段超音波で見ている、

と言っている「胞状卵胞」まで発育してくるのに、実に

つまり、ざっと半年前に冬眠から覚め、準備を始めていたわけです。
7月に排卵した卵子は1月に、8月に排卵してくる卵子は2月に、その永い眠りから覚め、準備を始めていたわけです。

同じ論文には、こちらも超有名な教科書的な図が載っています。
上の図で言うと①の前胞状卵胞が⑤の段階になるまでのステップが書かれています。

に相当するわけですね。

この図によれば、今月経中に超音波で確認できる『胞状卵胞』は3回前の排卵後から発育を開始しているわけです。
元論文を読むと、前胞状卵胞→胞状卵胞(卵胞腔ができる)にはFSHが必要、と記載されています。
つまり、今周期の卵胞発育のためのFSHは、来月の排卵のための卵胞+再来月の排卵のための卵胞をも(目に見えないところで)育てているわけです。

卵巣の「何が」AMHを分泌しているのか?

そんなわけで、「卵巣予備能」というのは、「その時点での卵巣における原始卵胞の在庫数」「その時点で卵巣に残っている卵子数」という意味で用いられているのですが、その直接その卵子数(原始卵胞数)を調べる方法が無いのでした。

では、AMHという物質(ホルモン)は何が分泌しているか?というと、卵子が出しているわけではないんです。

から図を借りてきました。
下にお示しいたします。
マウスの卵巣のAMHの免疫染色の写真だそうです。
茶色に見える部分にAMHが存在しています。



で、写真のの左下のところに「O」と書かれている部分がありますね。
ここに「卵子」が存在します。
卵子はAMHを分泌しているわけではない(茶色くなっていない)のです。

そう。見てお分かりの通り、卵子の取り巻きの細胞が分泌しているわけです。
ドーナツみたいに見えますね。
ドーナツの穴のところに卵子がいます。

で、卵巣予備能で肝心の「卵子の在庫」=卵巣内で「冬眠中の」卵子(原始卵胞)はどれか?というと、上部の中央やや右寄りの「pr」と書いてあるやつです(primordialの略です)。
ね。卵巣予備能で肝心の「卵子の在庫」である原始卵胞はAMHを分泌していないんです。



では、何がAMHを出しているか?というと、それが上の図になります。
冬眠していた卵子(pr)が、排卵に向けて準備を始めるためにお目ざめした最初の段階が「P」です。
図の右端にありますね。
正式名は「一次卵胞(primary follicle)」といいます。
指輪みたいに卵子の取り巻きの一層の細胞がAMHを分泌していますね。

で、この卵胞が、先ほどの段落で記載した通り、「>120DAYS」かけてpre-antral(前胞状卵胞)になるのですが、それが、同じ図の左側、「PA」と書いてあるやつです。

これに「卵胞腔」ができてくると「胞状卵胞(antral follicle)」になるわけですが、それが同じ図の一番大きく茶色に染まっているやつですね。
「SA」と書かれています。「small antral」の略ですね。

で、AMHを分泌するのはここまでです。



先ほどの「SA(small antral)」がさらに成長したのがこの図の3つ並んだ一番右にある「A」です。
「antral(胞状卵胞)」の略で、茶色が薄くなってきてますね。
このように、胞状卵胞では、AMHの分泌は減ってくるわけです。

因みに同じ図の「At」は「atretic follicle(閉鎖卵胞)」です。
排卵したい!と目覚めたものの、実際に排卵した卵子たちとの競争に敗れてしまったなれの果てですね。
(僕がよく「もったいない」「この卵子も試せれば可愛い赤ちゃんになったかもしれないのに」と言っているやつです。ま、今回はこの話題ではないのでいいんですけど。)

4枚目の(D)の図では、右下のほうに「CL」とあります。
「corpus luteum(黄体)」ですね。
黄体はAMHを分泌していない、というわけです。

まとめ

ということで、「何がAMHを分泌しているのか?」を解説してまいりました。
皆さんの卵巣には生まれてからずっと「卵子」が冬眠状態で待っていて、その卵子の総数を卵巣予備能と呼びましょう、というわけです。
でも、

というのは、どうやってもわからない。
そんな現実の中、苦肉の策として、別の何らかの方法でその数を推測しよう、というわけです。

そして、AMHは、その苦肉の策の一つに過ぎないわけです。

で、そんなわけで、AMHは、肝心の「冬眠している」方の卵子が分泌しているわけではなく、「目覚めた方」の卵胞の、しかも卵子ではなく、卵子の「取り巻きの」細胞(顆粒膜細胞といいます)が、成長過程で一瞬だけ出してくるホルモンなわけです
その血液中に分泌された成分の総和を採血して調べているわけですね。

図で赤の矢印のステージに入る卵胞の顆粒膜細胞が分泌しているホルモンなわけです。

ぐらいの感じですかね?
間接的も間接的なわけです。

では、このAMHというホルモンはどの程度真の「卵巣予備能」を示すのでしょうか?

AMH v.s. AFC(胞状卵胞カウント)

『卵巣予備能』を評価する指標はAMHの他にもいくつかあります。
その中でも有効性の高いのは「胞状卵胞数(Antral Follicle Count;AFC)」ですね。
AMHと違いAFCを臨床上有効利用するには多少の「慣れ」とイメージするための「経験」が必要ですが、慣れてしまうとAFC無しでは不妊症診療は成り立たないと言っても過言ではないと思います。

にこの点のデーターがあります。
この論文では、良性婦人科疾患で卵巣摘出を行うことになった42人の女性で、術前のAMHなりAFCと、実際の卵巣内の原始卵胞数との相関関係を比較しています。
実際の原始卵胞数と、年齢、AMH、AFCは有意な相関関係を示し(ちなみにFSHは有意ではないそうです)、相関係数はAMHが0.72、AFCが0.78。
これらを年齢で補正すると、AMHで0.48、AFCで0.53となる、と結論されています。

つまり、AFCの方がAMHよりも的確に原始卵胞数を反映する、というわけです。


「AMHが低いと言われ、体外しかないといわれた」
とパニックになり、半泣きでいらっしゃってくださる方が時折おられます。
で、超音波を拝見させていただくと、卵巣内にびっくりするほどのAFCが有ったりすることを時々経験します。

そんな経験をするたびに、AMHのみで卵巣予備能を判断してしまうことがいかに危険か、ということを思い知らされるわけです。


僕がART修行をしていた頃、ボスは

と、しきりにおっしゃっておりました。
(それゆえ、気に入った超音波の「器械」に異常なほどに愛着をお持ちで、超音波の器械をどこかに当てて(ぶつけたわけじゃない)「カツン」とでも音がしようものなら、烈火の如く怒られました(実話)。)
超音波での卵巣描出能力及びその解釈力が不妊屋の臨床能力である、とのことです。
一理あると思います。

僕の修行当時は、超音波一発でその患者さんの卵巣予備能を推定し、最適な排卵誘発法を判断する(高刺激 or 低刺激、ロング or アンタゴニスト、使用するhMG量など)トレーニングを来る日も来る日も受けました。
「星飛馬」バリです。
この理屈がわかってくると、確かに「胞状卵胞カウント」が非常に有効であることを思い知らされます。

但し「胞状卵胞カウント」を上手に臨床応用するには、そんな感じである程度のトレーニングが必要なのも事実です。

一方、AMHは具体的に数字で出ますので、確かに客観的です。
特に患者さんにお見せすると、非常にインパクトがあるようです
人によっては、ウルウル涙を流す方もいらっしゃるぐらいです。

直近AMHがまるで検診のごとく使われ、その臨床的意義の考察もなされないまま、ただ単にパニックに陥れられている患者さんを拝見することがあります。

実はこれが重要です。

「とりあえず全員に調べちゃえ!」
・・・・まあ、それはそれで否定はしれませんが、ではそれを何に応用するのか?何のために測定するのか?ですよね。

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