不妊治療と先天性インプリント遺伝子異常症(4)


「不妊治療と出生児の健康リスク」に関する論文の読み方

ということで、ここでは、「不妊治療後の小児がんのリスクが増える」としている論文を読んでみたいと思います。
最初にご紹介したこちら

になります。
で、今までお話ししてきたとおりですが、注意点として、

という視点で見るべきなのです。
面白おかしく騒ぎ立てるニュースと同じレベルの解釈では少し残念な感じです。
で、結論から言ってしまうと、この論文もきちんと読むと

という論調なのがわかります。

では要点を箇条書きにしてみます。

この論文では、体外・顕微のみをART(assisted reproductive technology)、一般不妊治療+体外・顕微をMAR(medically assisted reproduction)と定義して検討しています。

【結果】

【考察】←ここが大事!

まとめ

というわけで、インプリント遺伝子のエピジェネティック制御系の話でした。
僕自身も未だ消化不良気味であることは否めない所を、さらに噛み砕いた形で解説してきましたので、誤解を与えてしまう表現になってしまったところもあるかと思います。

上でご紹介いたしました論文の考察のところを少しだけ考えてみたいと思います。

「ヒトゲノム計画」という言葉があります(した?)。

という発想の元、鼻息荒くDNAの塩基配列の全てを読んでしまえ!ということが行われていました。
ほんの10数年前の話です(僕の博士論文もこの内容)。
で、2003年に全ての塩基配列が解読されたのですが、その結果わかったのは、ほとんどの病気はこの遺伝子の配列の変化によるものではない、ということだったのですね。
結局、遺伝子の抑制の多くは、遺伝子(ゲノム)内で行われているわけではなく、今回の話のごとく遺伝子外(エピゲノム)で行われていることが広く認識されるようになりました

そんな状況なので、遺伝子のエピジェネティック抑制のメカニズムの解明はまだ始まったばかりという状況なのです。現在進行形。
逆にいうと、まだよくわかっていないわけですね。
その中で、どうやら、不妊治療の結果「エピジェネティックな変化」が起きているらしい、という意見が目立ってきている。
じゃあ、

Q:本当に「エピジェネティックな変化」が起きているの?

・・・多分、そうっぽい感じ。偉い先生たちがそうだって言うんだよ。

Q:何が「エピジェネティックな変化」を起こしているの?

・・・よくわからない。これから。

Q:「エピジェネティックな変化」が起きているとして、それがどうなるの?

・・・よくわからない。これから。

という状況なんだろうな?と僕は理解しているわけです。
(もしこの分野の専門家の方がご覧になっていたら、こういう認識で本当にいいのかどうかご意見下さい。)

で、2番目の「何が「エピジェネティックな変化」を起こしているの?」の候補は

という両論があるわけですね。

前者、すなわち、「メチル化異常を引き起こしやすい状態」が「不妊」として表出してきている、という説を示唆するものとしては、例えば「精子のメチル化異常が高率だと、その精液検査所見が悪い」という報告もあるようです。

なので、最近の考え方としては、両方とも関係している、すなわち、患者背景にそもそもメチル化異常が起こりやすい背景があり、そこに不妊治療が輪をかけるのではないか?という考え方もあるようです。

で、3番目の「「エピジェネティックな変化」が起きているとして、それがどうなるの?」というのが、直近目に付くようになってきた
「不妊治療と小児癌の関連がある?/ない?」
「不妊治療と小児の精神疾患の関連がある?/ない?」
という報告なわけです。
なので、この辺もまだまだ混沌としていて、両論出てくる。
で、ここがニュースとして結果だけ取り上げられているという状況なわけです。

僕も所詮1傍観者でしかなく、今まで書いてきた内容が本当に正しいのかどうかも含め、わからないことだらけです。

そういうことなんだろうと今は思っています。
生殖医療を利用する/しない、あるいは、どこまで利用する、という皆さんが持っていらっしゃる判断も、つまりはそういうことなのでしょう。

人類の科学に対する歴史を振り返ると、たとえ全てが解明されていなくても、科学という学問の現在までの成果の一端を上手に利用することによって我々の生活が豊かになっているのは事実なのでしょう(異論もおありでしょうが)。

但し、自然の摂理には畏怖の念を持って敬意を表するべきである、と思うのです。
排卵誘発/ICSI手技/培養環境などなど各々が胚に対し、エピジェネティックな変化をもたらしている可能性が指摘されているのは事実です。
つまり、各々の手技が「本当に必要なのか?」の吟味は絶対に必要だと思うのです。

・・・妊娠反応は陽性に出るところまではそれでもいいのかもしれませんが、出生児のwelfareの担保が最優先事項だと僕は思うのです。

アシストすべきは、そのカップルに対する必要十分のギリギリの手技に留める
科学技術の進歩の恩恵にはあやかる、ただしその依存度は必要最低限にする
それが科学技術の正しい利用方法なのではないでしょうか?

以上が僕の個人的な考え方です。

体外受精/顕微授精を高度不妊治療」などと表記してあるシーンを目にすることがあります。

我々は神様の用意した周到なメカニズムである自然の摂理を、理解し終えてはいません。
本当に体外受精/顕微授精を「高度である」と胸を張って発言してしまって大丈夫ですか?

ニュースも結局何もわかっていません。
専門家も結論を出せていません(今頑張ってくれています)。
神のみぞ知る領域なのです。
「無知の知」の考えでこの判断をなされるのがよろしいかと思います。

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