卵管造影と児の一過性甲状腺機能低下症

2014年7月記

卵管造影後妊娠すると、赤ちゃんの甲状腺機能に影響が出る??

ヨウ素は甲状腺ホルモンの原材料なのですが、ヨウ素を急速かつ過剰に摂取すると甲状腺ホルモンの分泌は抑制されてしまうことが知られています。
原材料がいっぱい来るのに、製品は減ってしまうという奇妙な現象が起こるわけですね。
この現象はWolff-Chaikoff効果と呼ばれています。

で、この作用により妊娠中にヨウ素を過剰に摂取すると、赤ちゃんが生まれてきた後に、一過性の甲状腺機能低下症が起こるのではないか?ということが報告されてきております。
こちらに、厚生労働省が「甲状腺機能低下症」についてまとめたマニュアルがあります。

このマニュアルの17ページの一番上から書いてあります。

で、この後お読みいただくと、実際の商品名がガンガン書いてありますね。
本HPでは、流石に商品名は書きにくいので(^^;一般名で書いておきますが、商品名を知りたい方はリンク先に飛んで、直に確認してください。
有名どころのヨード含有うがい薬、市販薬、ヨード添加卵、海藻類などが挙げられています。

で、その下、PDF 17ページの真ん中辺に「新生児・乳児に対する影響」として、

とも記載されております。
はい。確かにそうなんですね。
僕が研修医のころ、妊婦さんの消毒、何でも「イソ○ン」でした(全国的にそうだったのかどうかは定かではありません)。

そんな感じ。
でも最近では、「周産期のヨード含有消毒剤の使用制限」が盛んに言われる傾向があるようで、あまり使われなくなってきていると思います。

で、不妊治療の現場は、当然、「将来の妊婦さん」を拝見しているわけですが、そこで時々取り上げられるのが、「卵管造影で用いられる造影剤」です。
子宮卵管造影で用いられる油性造影剤は、ヨード含有造影剤と呼ばれ、その成分中にヨード(ヨウ素)が含まれています(正式名:ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル注射液)。
で、卵管造影を受けて、その直後に妊娠成立した母体では、造影剤からのヨード供給過剰が続き、生まれた赤ちゃんの甲状腺機能低下と関連するのではないか?という意見があるわけです。
赤ちゃんは生まれると「新生児マススクリーニング」という検査を受けるのですが、この検査項目に甲状腺機能検査が入っております。
で、卵管造影を受けた母体から出生した赤ちゃんがこれで引っかかり、精密検査を受けたり、時には、治療が必要だったという報告も散見される状況です。

以上の情報から、卵管造影自体を「避ける」という話を聞いたこともあるのですが、卵管造影自体は、ご存じの通り、適応のある方に上手に使うと非常に効果的な治療に成り得るわけです。

では、この情報を理由に卵管造影検査を避けてしまうのは、本当に賢明な判断なのでしょうか?
この疑問点について、「我流の意見」ではなく、「公には/客観的にはどのように考えられているか?」を考察してみたいと思います。

卵管造影とその後の児の甲状腺機能について

そんなわけで、「我流」ではなく、なるべく「公の」機関が公表しているデーターを見てみたいと思います。

日本小児内分泌学会が2014年6月18日に「先天性甲状腺機能低下症マス・スクリーニングガイドライン(2014年度改訂版)」というのを出しております。
リンクはこちら。

このPDFの4ページ目に「b. 一過性CH」(CH=Congenital hypothyroidism:先天性甲状腺機能低下症)という項目があり、その原因として6項目が示されています。
その5番目に「ヨード過剰」という項目があり(PDFの5ページ目)、そこにこう記載されています。

で、この記載の根拠となっている引用文献の(29)が「子宮卵管造影後妊娠から出生した新生児における甲状腺機能の検討」という論文で日本内分泌学会誌の2012年に載った論文です。
この論文は短いのですが、論旨がよくまとめられており、非常にいい論文だと思います。
ちなみにリンクは、

の、p28-30です。
以下、この論文の論旨。

で、この論文を書かれた先生は、卵管造影検査から以降、体に吸収されるヨウ素の量を理論的に計算(シュミレーション)していて、その結果を導き出しております。
その結果、こう結論付けていらっしゃいます。

といった内容になっています。
ということでまとめると、基本的に卵管造影で使用した造影剤のみで児の甲状腺機能低下症を論じるのは、おそらくやや言い過ぎなのでしょう。
で、多分、現在の平均的な考え方は、この論文の考察にあったとおり、卵管造影後にはヨード豊富な食品の摂取やヨード系消毒剤の使用を控えるようにすることで十分対策を行えば、卵管造影で使用した造影剤単独では許容範囲内に留まるのだろう、と考えられているようです。
我々医療従事者側もこの点を肝に銘じ、

  1. 卵管造影時には、体内残留造影剤が必要最低限となるように心がける(添付文書では通常使用量は5-8mlと記載されています)。
  2. 卵管造影後には、ヨウ素過剰摂取にならないような食事指導を行う。また注意しなければいけないのが、うがい薬などの市販薬ですね。
  3. そして何より、妊婦健診中のヨード含有消毒剤の不必要な使用を控えること。

を心掛けるべきなのでしょう。

こんな感じです。
しっかり適応を見極めれば、油性造影剤による卵管造影は効果テキ面の場合があります。
僕も、これだけで何度もいい思いをさせてもらいました。
明らかに不必要な場合はさておき、しっかりとした適応があるならば、児の一過性甲状腺機能低下を理由に卵管造影検査を避けてしまうのはどんなものでしょうか?
ただし、その後の「ヨード過剰摂取」には十分注意を払う必要があるようです。
そんな感じです。

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